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【書評】アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり

 

マンガなんですけど、面白かったんで書評書きますw

 

いやー、やっと出ましたね、薬剤師が主人公のマンガ。

これまで医療系のマンガとかドラマの主人公といえば

まあほぼ医師か看護師と相場は決まっているので

そういうの見るたびに

 

「やっぱ薬剤師の仕事にはドラマ性は無いか〜」

 

なんて嘆いていた時期もありました。

なぜドラマ性が無いかというと、

やっぱりそれって人間と人間との関わりの中から生まれることであって

モノ相手の仕事しかしてないとそりゃー同業者にはよく分かるドラマならありますが

(いわゆる「薬剤師あるある」みたいなネタ)

他の多くの人に共感してもらえるドラマは生まれにくいわけですよ。

例えば処方箋を受け取ったときに

 

「こ、これは……

 

「クラリスが!クラリスがベルソムラ飲んでる人に処方されています!」

 

とか、

 

「エビリファイを書き間違えてエビフリャイになっとるぞm9(^Д^)プギャー」

 

みたいなのは身内ネタとしてはウケるわけですが

知らん人にはそんなのが続いても面白くないわけです。

(まあ同業者でも連発で聞いてるのはつらいかな)

あとは薬ばっかり相手にしてる仕事してると

それはそれでトラブルを未然に防ぐ大事な仕事ではあるんですが、

そこだけだとドラマにならないんですよね。

なんたって「火事場がない」というか。

火事場ついでに例えるなら、それはもう消防士ならドラマになるけど

時々夜回りしたり防災講座したりとかしてる

地域の消防団がドラマになったりはしないのです。

 

でも薬剤師の仕事はだんだんと「モノ」に対するものから

「ヒト」に向いたものへ変わってきています。

そうすると、関わり合う人間との間にドラマは生まれます。

今回紹介する『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』が誕生したのも

そのような時代の変化を背景とした必然なのかもしれません。

 

さて、このストーリー、

26歳の元気いっぱいな若手の病院薬剤師が、

総合病院を舞台に医師、看護師、そして患者さんを相手に

ドタバタを繰り広げ、時にプレッシャーを感じ、泣き笑うわけですが、

確かに病院薬剤師である私から見てもなかなか描写が正確なのが驚きます。

 

いますいます、

自分の出した不正確な指示のために

それを実施できなくて困ってるのはこっちなのに

それを問い合わせることに露骨に不快感を示す医師。

「薬剤師」って分かると途端に横柄な態度になる患者。

でもまあこのマンガのキモはそういうのとのやりとりじゃないんです。

医療者として現場に関わっていると時々感じる

 

「これは何かおかしい」

 

という違和感を薬学的な推論からトラブルとして検出し

医師や看護師、そして患者さんに提案や情報提供をしていくところです。

そこには当然同じ医療者として、他の職種との間に摩擦が生まれます。

その摩擦が軋轢となるかチーム医療の熱になるか、どう転ぶか?

そこには間違いなくドラマがあります。

ネタバレになると面白くないから具体的には伏せますけど、

そういうエピソードが次々と登場しますからどうぞ一度手にとって読んでみてください。

私たち病院薬剤師のことが少し分かるかもしれません。

 

とはいえ、薬剤師のお仕事は現場によって多岐にわたっているので

保険薬局に勤務しているいわゆる薬局薬剤師だと

全く違ったドラマが描けるはずです。

それに私は精神科病院に勤務している薬剤師ですが、

精神科だとこれまた全く違ったドラマがあるんですよ。

精神科医は「この患者さん良くなったねぇ」って言ってるけど

薬剤師や看護師から見たら全然良くなってなくて

それをどうやってすり合わせて治療を進めていくかとか、

病識が無いどころか妄想のために全く薬を飲まない患者さんを

どうやってこっち側に呼び戻して一緒に治療していくかとか、

病状で別人に変身しちゃう患者さんとどう付き合うかとか、

飲んでる薬の説明書を作って渡したら食っちゃったとか、

一生懸命関わった患者さんが突然自殺しちゃったとか、

いきなり病室でプロポーズされたとか、

すごい凝ったファンレターが来たとか、とか、とか……

 

誰か取材して描いてくれませんかねぇ?(他力本願w)

 

ひとまず、お勧めです。

病院のロビーにも置いてもらおうかな?

 

JUGEMテーマ:身近な医療と健康


【書評】科学的認知症診療 5 Lessons

久しぶりにブログ記事にして紹介したい書籍を読んだので書評を書いてみます。

 

出版社:シーニュ

タイトル:『科学的認知症診療 5 Lessons』

著者:小田陽彦

 

まず、著者の小田陽彦先生とは、以前に何度かEBMワークショップでご一緒して懇親会で飲みながら語り合ったことがあることを申し添えておきます。

金銭的なCOIはありませんが、「仲良しバイアス」が入り込む余地は否定できませんw

 

それにしても、その時に小田先生とした話の中には

きちんとしたエビデンスに基づかないで「指導医から教わったまま何となく」な精神科医の診療や、メーカーの情報を鵜呑みにしてそれで分かったつもりになって向精神薬を気軽に処方する一般科の医師について嘆いておられたのが印象的でした。

その後も「討論 厚生労働科学特別研究事業による「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン」の問題 : BPSDガイドラインの批判的検討」(精神神経学雑誌 118(6), 384-390, 2016)(残念ながらフリーでは抄録も読めませんが)といった論文を出して、特に認知症分野でエビデンスに基づかない治療薬の選択の仕方や、粉飾されたエビデンスや、エビデンスを拡大解釈した推奨文の根拠などを鋭く批判されていたので、

 

実のところ、普段どのように診療しておられるのだろうか?

 

というのはすごく気になっていたところでした。

だってなんだかんだ言って精神科ってエビデンスが示す通りにならないほうが普通というか、

そもそも「疾患」と「病態」が確たる線で繋がっているわけでもなく

表出している症状で分類している「症候群」的な診断基準なんだから

そもそもエビデンスに組み入れられる患者も極論すれば十人十色なわけです。

そんなんでどうやってエビデンスを適用するんですか?

私は昔EBMを勉強し始めた頃はすごく悩みましたよ。

 

で、そういう悩んでいた頃にこの本が登場していれば良かった……

そんな書籍がこの『科学的認知症診療 5 Lessons』ですが、

まずいきなり

 

「認知症という疾患は存在しない」

 

とまあ、まるで私が

「広島に広島焼きなんて食べ物は存在しません」( ー`дー´)キリッ

(お好み焼きならあります)

と言い切るかのごとく、

何となく世間にある「認知症という疾患」のイメージをぶった斬るところから始まります。

 

そして

1.認知症診断の原理原則

2.画像診断の意義と限界

3.抗認知症薬

4.精神症状への対応

5.医療者ができること

という5つのレッスンで構成されており、

まえがきの部分であえて「最新の臨床研究や系統的レビュー、すなわち科学的根拠を紹介することに徹しました」としているように、一切事例を紹介せずにガチガチにエビデンスでロジックを固めているところが

自説に都合良く何とでも受け取れる情報を排していて潔い感じがしています。

 

この書籍は一般臨床医向けに書かれていますが、

認知症の方に関わることがある薬剤師であれば役に立つ情報が多くあります。

 

まず認知症の診断は除外診断が基本になっていて、

当然薬剤性の認知機能障害も除外できるか鑑別しなければなりません。

薬剤師は診断をするわけではありませんが、

目の前の患者さんの「困った症状」に対して薬剤性を疑えるかどうか?

これは医師に対する情報提供としてやらなければならないことです。

認知症あるいはその周辺症状に似た状態を呈する薬剤についても

エビデンスとともにところどころで解説されていますので

ぜひ頭の片隅に置いておいて、いざという時に

ピンとくるようにしておきたいところです。

 

他にもBPSDに対する薬の使い方もいいですね。

確かに抗精神病薬は大規模なメタ解析でBPSDに効果があることが示されていますが、

一方で死亡リスクを増やすこともまたこれまでの数々のエビデンスから明らかです。

ではどういったケースでそれが適応になるのかというと

「自傷他害のおそれ」という実に明確な線引きを示しています。

つまり、有効というエビデンスに重きを置いて死亡リスクに目をつむるのではなく、

死亡リスク増加というエビデンスに重きを置いて一切使わないのでもなく、

患者さんや介護者の話をよく聞いてその「自傷他害のおそれ」がどれぐらいか、

そこで判断しましょうということです。

こういった考え方を知っておくと、

薬剤師からの処方提案にも(抗精神病薬の開始でも中止でも)活かせると思います。

 

いや、すごいです、小田先生。

きっと普段の診療でもこんな感じで

エビデンスベースドでありながら、しっかり患者さんや家族に寄り添った

まさにEBMの実践をされている精神科医の先生なんだなというのが伝わってきました。

 

それにしても、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンに関する

コクランのシステマティックレビューを根拠に示して

「コリンエステラーゼ阻害薬間の薬理作用の差は無視して結構です」

てところが個人的には一番ツボでしたねwww

ブチリルコリンエステラーゼ阻害やAPL作用がナンボのもんじゃい!

とか言うと立つ瀬のない薬剤師がいるかもしれませんが、

そういう薬剤師はぜひこれを機に、薬理が臨床効果の差異を決めているのでなく、臨床効果の差異を説明するのに薬理が必要なのだということに気付いていただければと思います。

そういう薬理学的な差異は臨床効果が一緒なら「トリビア」だと思っときましょう。

 

さらにもう一つ本書の興味深いところは、

抗認知症薬の承認の背景をPMDAの審査資料を丁寧に読み解いているところですね。

製薬企業がいかに苦心惨憺して承認にこぎつけたのかよく分かりますし、

同時にそれは、我々は簡単に騙されるということを示しています。

別に製薬企業に悪意があるというわけではなく、

効果があるように粉飾したエビデンスはちょっとみただけじゃ見抜けないということです。

こういったところ、

普段の臨床業務中はとてもじゃないですが読み込めませんが、

それでも批判的吟味の目は持っておくと自分で気付けるかもしれません。

そういった批判的吟味の目を磨くためには

各地で開催されているEBMワークショップに参加しましょう。

 

いきなりEBMワークショップは参加しにくいですか?

そしたら、薬剤師のジャーナルクラブ「JJCLIP」がありますよ!

次回は11/11(日)の21時からです。

しかもテーマはまさに「薬のせいで認知症になるって本当なのでしょうか?」です!

その時間に私のTwitterのライムラインに注目していただくか

こちらにアクセスしてもらえれば誰でも視聴できますので

お気軽にご参加いただければと思います。

 

ということで、宣伝までさせていただきました!

 

 

JUGEMテーマ:精神科


【立てよ薬剤師】薬剤師によるブログのススメ

我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?

……否!始まりなのだ! 
ググってもカスみたいなサイトに比べ、我らのブログのPVは30分の1以下である。 
にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か? 
諸君!我らが #立てよ薬剤師 の目的が正義だからだ。

これは諸君らが一番知っている。 
我々は仕事に追われ、ただそれをこなすだけの日々を過ごしていた。 
そして、心のダークサイドを膨れ上がらせながら世を恨むこともあったここまでの薬剤師人生、
がんじがらめな我々が自由を要求して何度踏みにじられたか。 
薬剤師の掲げる国民一人一人の健康と薬事衛生のための戦いを神が見捨てるはずはない。 


私の弟のようだった、諸君らが愛してくれたニンジャ先生は死んだ。 
何故だ!?

 

新しい時代を切り開く者たちが当初マイノリティであるのは、歴史の必然である。 
ならば、我らは襟を正し、この戦局を打開しなければならぬ。 
我々は過酷な臨床の現場で仕事をしながらも共に苦悩し、錬磨して今日の文化を築き上げてきた。 
かつて、ニンジャ先生は「薬剤師は現代に生きる忍者だ」と言った。 
しかしながら世間のモグラ共は、「薬剤師なんてイラネ」と増長し我々に抗戦する。
これに対抗できるのは、丁寧に反論できるエビデンスを示せる薬剤師だけだ! 
これは悲しみではなく希望であることを忘れてはならない!

それを、ニンジャ先生は、医師が涙を流す事例をもって我々に示してくれた! 
我々は今、この希望を結集し、世の中に行き渡らせて、初めて真の勝利を得ることができる。 
この勝利こそ、国民全てへの大きな幸福となる。 


薬剤師よ立て!

悲しみを希望に変えて、立てよ!薬剤師よ! 


我らここで立ち上がった者こそ選ばれた薬剤師であることを忘れないでほしいのだ。 
希望を持った我らこそ国民を救い得るのである!!

 

ジーク・ジオン!!!

 

ジーク・ジオン!!!!

 

ジーク・ジオン!!!!!

 

……さあみなさんも一緒に、

ジーク・ジオン!

 

……もういいですか。そうですか。

 

はい、というわけで(^^;)

今回は「立てよ薬剤師」を合言葉に一斉にブログをアップする企画ということで

それに便乗させていただいてワタクシも久しぶりにブログをアップしてみます。

一緒にアップされた方々のブログはこちらです。

とりあえずざっくり把握してるだけなので、

「うちのブログがリンクされてないぞ!」という人は

ツイッターあたりでご連絡くださればこっそり更新しておきます(^^;)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

立てよ薬剤師プロジェクト(第二弾)

 

ブログ名:薬剤師ときどき父

管理者:薬剤師ときどき父(やくちち)

タイトル:【立てよ薬剤師プロジェクト】日本薬剤師会学術大会@金沢はやっぱり最高だった!【ソクラテスがやってきた】

http://yakuzaishi.xn--tckwe

 

ブログ名:黒の薬剤師会

管理者:るるーしゅ

タイトル:

https://ph-lelouch.com/

 

ブログ名:窓際さんのお勉強な日々

管理者:zuratomo

タイトル:「立てよ薬剤師」第二弾:薬剤師が情報発信をする意味? 

http://zuratomo4.hatenablog.com/

 

ブログ名:よろず屋「雅(miyabi)」のみたて

管理者:山本雅洋

タイトル:#立てよ薬剤師 自分を体現するためにぼくは今日も文章を綴る〜正解のない世界で『応え』を創造せよ〜

https://pharmasahiro.com/

 

ブログ名:〜学びと気付きの場所作り〜

管理者:GORIABURA21

タイトル:『立てよ薬剤師プロジェクト』なぜ私はブログを書こうと思ったのか

http://manabi-to-kiduki-no-bashodukuri.hatenadiary.jp

 

ブログ名:けいしゅけのブログ薬局 情報館

管理者:けいしゅけ

タイトル:【立てよ薬剤師 第2弾】薬剤師としてブログやSNSで情報発信をする目的は?

https://keisyuke-blogyakkyoku.xyz/

 

ブログ名:新米管理薬剤師の独立への道

管理者:ふぁるめど

タイトル:【立てよ薬剤師 第2弾】情報は発信すればするほど、自分を大きく成長させる

https://farmed.xsrv.jp

 

ブログ名:Re: 論文至上主義をゼロから考える薬局

管理者:根本真吾(猫になりたい薬剤師)

タイトル:【立てよ薬剤師プロジェクト】猫がブログを書く理由 〜インプットとアウトプットのハイブリッド〜

https://noirvan13.xsrv.jp

 

ブログ名:お薬のこと

管理者:たけちゃん

タイトル:立てよ薬剤師−プロジェクト ブログを書く理由

http://nitro89314.hatenablog.com/ 

 

ブログ名:アポネットR研究会・最近の話題

管理者:小嶋 慎二@アポネット

タイトル:【立てよ薬剤師プロジェクト】 WEBでの情報発信16年間を振り返る〜簡単に入手できる最新の副作用情報と国内外の薬剤師を巡る動向

http://www.watarase.ne.jp/aponet/blog/180901.html

 

ブログ名:一問一答!薬剤師・薬学生のためのプライマリケア

管理者:こつぶ

タイトル:薬剤師の価値に満足してますか?

https://cotsubu.info/

 

ブログ名:ぼうそう医薬情報室

管理者:小石まり子

タイトル:【立てよ薬剤師プロジェクト】人見知りこそブログを書こう!一石三鳥のブログ活用術♪

https://iyakujoho.com/

 

ブログ名:薬剤師の脳みそ

管理者:ぺんぎん薬剤師

タイトル:【立てよ薬剤師プロジェクト】「薬剤師の脳みそ」を続けている理由

http://pharmacist.hatenablog.com/

 

ブログ名:リンコ’s diary

管理者:リンコ

タイトル:「薬剤師としてブログを書く理念や理由・目的」(#立てよ薬剤師)(#WorldPharmacistsDay)

http://www.rincos-diary.com/

 

ブログ名:ぼくのパパはおくすりやさん

管理者:ふーた

タイトル:ブログを始めた理由を振り返る。そして一歩でも前に

http://wruskniph.xyz

 

ブログ名:「くすりや」の「現場」

管理者:みやQ

タイトル:【立てよ薬剤師】ブログやSNSでの発信、その目的とその先にあるもの

http://miyaq.hatenablog.com/

 

ブログ名:「お薬Q&A〜Fizz Drug Information」

管理者:Fizz

タイトル:【立てよ薬剤師2】薬剤師の情報発信を増やしたい理由〜日薬学術大会の発表報告と今後の課題
https://www.fizz-di.jp/archives/1072597592.html

 

ブログ名:「思想的、疫学的、医療について」

管理者:青島周一

タイトル:【立てよ薬剤師】差異を許容することと、「より生きやすい」というアウトカム

http://syuichiao.hatenadiary.com/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

このあたりの経緯は日本薬剤師会の学術大会で

ポスター発表になったらしいですね。すごい!

ポスターが公開されてますのでぜひ御覧ください。

【P-22-09】インターネット上に氾濫する不適切な医療情報に対し、薬剤師がブログやSNS の発信でできること(@第51回日本薬剤師学術大会in金沢)

 

さて、第2回めとなった「立てよ薬剤師」という企画、

前回は

「立てよ薬剤師」

ならびに

「医療や健康に関する情報について、我々は何を信じ何を信じないべきか」

というテーマで書かせていただきました。

(前者はおふざけ、後者はちょっと真面目に書いてます)

今回、ここで書いてみようかなというテーマは

「なぜ薬剤師がブログなんてしてるの?」

ということです。

 

そうですね、最近マジメにブログの記事を書いてない者がそんなこと語れるのかというと少々ゴニョるところがありますが、まあ、そもそもは精神科の薬剤師のアピールになれば!というつもりで書き始めたんですよね。

あまりスポットライトが当たらない、ひっそりと仕事している精神科領域の薬剤師。

でも学会とか見学とかで色んな取り組みをされているのを見ると

何気に良い仕事してらっしゃるところが多い!

でも、それをちゃんと文章として残せていない!

これって非常にもったいないなと思ったわけです。

それでいうなれば精神科薬剤師のブランディングという目的で書き始めたわけですが、

実際やってみると当時の自分の思いが強すぎてあまり機能している感じはしなかったですね(^^;)

とはいえ、私個人のブランディングには一定の効果はありまして、

このブログ経由で原稿執筆や講師の依頼が来たこともありましたし、

自分が普段何をやっているか、そして将来どうなっていきたいか、

これをきちんと主張することは大事なことであるといえます。

 

まあ、私の場合はそのような目的ではツイッターのほうが向いていたようで

その後は徐々に発信の場がツイッターに移っていってしまうのですが……

 

しかしまあ、

ツイッターはある程度フォロワーがつくと拡散性には優れるのですが

それまでがなかなか見向きもされないし、

Googleで検索してみてヒットしやすいのは特定のツイートではなくブログの記事であったりするので、

今から何か文章を残してみようと思う人は

とりあえずブログを始めてみるのがいいんじゃないでしょうか。

 

ブログの始め方については無料のものについては

そのサービスを提供してるところに簡単なマニュアルがありますし、

ちょっと気合い入れてやってみようという人には

けいしゅけさんのブログのこちらのエントリーが役に立つと思いますのでリンク貼っときます。

多分将来の拡張や使い回しのしやすさを考えると、

無料ブログの機能使って書くよりはワードプレス使って書いたほうが良さそうです。

 

ワードプレスでブログをカンタンに作る全手順と設定方法を教えます!|けいしゅけのブログ薬局 情報館 

 

まずはそれで、日々の成功体験でいいので書いてみることをおすすめします。

まあ、日記の延長みたいなのでいいんじゃないですかね。

ただし、それをただの日記で終わらせないように、

必ず客観的な視点を入れて書いてみてください。

客観的な視点を入れることで説得力がグッと増します。

 

では、どのようにして客観的な視点を入れるかというと

一番手っ取り早いのはエビデンスを引用することです。

エビデンスというのは無理に論文を引っ張ってこなくてもいいので

誰かのブログ記事を引用するのでも良いですし、

ニュースサイトの記事を引用するのでも良いと思います。

とにかく、第三者の意見を取り入れて、

自分の主張を強化したり、逆に主張に沿わないエビデンスに対して

それはなぜなのかを具体的に反論できると

俄然そのただの日記みたいだった記事が光り始めます。

 

それだけでいいんです。

 

それをしばらく続けて慣れてきたら、

文章の構成を考えてみるといいんじゃないですかね。

まず背景や課題を説明し、

そしてどういった仮説を立てたのか、

自分でどういうことをやってみて、結果はどうだったとか、

それらは客観的には支持されるのか、

あるいはこれまで考えられたことに対して反論できるのか

それらから結論として何が言えるのか、

こういった感じで書いていたら、

それもう立派な論文ですから!

 

ね?なんだか論文まで書けるような気がしてきませんか?

 

とにかく、せっかく良いことやったんならそれを形に残さないともったいないので

みんなの成功体験を共有するという意味だけでも

ブログを書いてみたらいいんじゃないかと思います。

 

 

【おわりに】

今日のエントリーを

EBM初心者の薬剤師として日々臨床医学論文を自分で読んでみて

その結果をブログとしてまとめて熱心にアップされた

故 黄川田修平先生に捧ぐ。

【薬局薬剤師の記録的巻物】が更新されなくなって1年。

一人でも多くの薬剤師が自分の歩みを形に残していくようになることを願う。

その先に、黄川田先生の願った薬剤師の未来がありますように。

 

 

JUGEMテーマ:身近な医療と健康


新規抗精神病薬レキサルティについて

また、というか、久しぶりに?新規抗精神病薬が登場しますね。

 

新規抗精神病薬「レキサルティ®錠」
統合失調症の適応で国内製造販売承認を取得

 

一般名は「ブレクスピプラゾール」。

ひとまず統合失調症の適応症が承認されました。

 

その名前から何となく察しが付くように、

アリピプラゾール(商品名:エビリファイ®)のフルモデルチェンジみたいな薬でしょうか。

「ブレイクスルー」みたいな名前はわざとでしょうか?(笑)

ちょっとよく分かりませんが、

統合失調症治療薬はいくつも新薬が出てきているにもかかわらず

全体的な治療効果としてはどれもパッとしないものばかりで

とりあえず「選択肢が増える」という点では意義があるというレベルなので

このブレクスピプラゾールがどういうものになるのか、

やはり精神科の薬剤師としては興味津々なわけです。

 

ひとまず先にリンクした大塚製薬のプレスリリースによれば

薬理作用としてはドパミンD2のみならず

セロトニン5HT1Aのパーシャルアゴニストであり、

セロトニン5HT2Aのアンタゴニストという

Serotonin-Dopamine Activity Modulator(SDAM)

と呼ばれる新しい作用機序だそうです。

インタビューフォームを読む限りは他にもノルアドレナリンα1Bとα2Cも同様のレベルでブロックするみたいです。

 

とはいえ、

そのような薬理作用が臨床効果としてどのように現れるかは

受容体親和性を眺めながらゴチャゴチャ理屈を考えるよりも

既に報告されている臨床疫学的研究を読むほうがスッキリしますので

とりあえずそっちのほうを先に読んでみましょう。

 

承認審査資料を読めば国内での臨床試験のことがわかりますが、

重たいPDFの資料を読むよりは

PubMedでRCTやSRを読むほうが早いので今回はそうします。

 

brexpiprazole schizophreniaでシステマティックレビューを検索すると

これが一番新しそうですね。

 

Correll CU, et al.
Efficacy of brexpiprazole in patients with acute schizophrenia: Review of three randomized, double-blind, placebo-controlled studies.

Schizophr Res. 2016Jul;174(1-3):82-92.

PubMed PMID: 27157799.

 

で、フリーで全文読めるのでざっと読んでみましたけど、

まだ統合失調症に関してはRCT3つしか論文になってないのね……(^^;)

それでまあ、プラセボと比較して有効なのは当たり前なので

アリピプラゾールと直接比較してるところを読んでみたところ、

 

"none of the active groups (brexpiprazole or aripiprazole) were significantly different from placebo for change from baseline in PANSS total score at week 6"

 

え?どっちもプラセボと有意差がつかなかったってこと!?

ダメじゃん!(´・ω・`)

 

ま、まあまだフェーズ2試験ということで探索的な意味合いが強いので

十分なサンプルサイズがなかったのかもしれません。

別のブレクスvsアリピの論文を探してみましょう。

 

RCTとして報告されてました。

 

Citrome L, et al.

The effect of brexpiprazole (OPC-34712) and aripiprazole in adult patients with acute schizophrenia: results from a randomized, exploratory study.

Int Clin Psychopharmacol. 2016 Jul;31(4):192-201.

PubMed PMID: 26963842.

 

初発と入院期間が21日以上は除外した統合失調症患者でのオープンラベルな試験ですね。

それでまあ、両群ともベースラインとの比較でPANSS総スコアを改善しています。

知りたかったのは両群間の差なんですけど、スルーされてますね……

まあ数字的にはブレクスのほうが改善してそうです。

(6週時点でブレクス-22.9点、アリピ-19.4点)

が、さっきのフェーズ2試験にしてもこっちの試験にしても

なんでアリピのtarget doseが15mgなんですか?

御社普段「統合失調症の急性期には初回から24mg以上使って」

とか言ってるくせにこれは少なくね?

だからといってブレクスピプラゾールの有効性がアリピプラゾールに劣っているというわけではないので、まあ優れているともいえませんけど、用量設定が疑問すぎて同等なのかどうかも分からないので、ちょっと有効性についてはモヤモヤしますね。

 

一方で注目に値するのはアカシジアの少なさです。

アリピって個人的には好きでよく処方提案させていただく薬なんですけど、

結構アカシジア出ちゃって主治医と患者さんに「ゴメンナサイ」と思うことあるんですが

上記のCitromeらのRCTではアリピが21.2%に比べてブレクスで9.4%という

アカシジアの発生率はなかなか良さそうな印象です。

 

……ってこれオープンラベルでしたね。

先に紹介したSRのほうで確認してみますと(こちらは二重盲検)

Supplementaryに有害事象のデータがあるのですが、

ブレクスピプラゾールもアリピプラゾールも特に違うようには見えない(^^;)

こちらもアリピのtarget doseは15mgなんですけどね。うーむ。

 

しかしまあ、

その他の副作用はさすがアリピの後継モデルだけあって

他の抗精神病薬と比べると体重増加や脂質異常、過鎮静などは少なそうです。

 

ということで、ざっくりとしたエビデンスレビューにしたかったのに

話が長くなりそうなのでそろそろまとめますが、

ブレクスピプラゾールは作用機序の点やこれまでに報告されたRCTの結果から推察するに、アリピプラゾールと同様な感覚で使える抗精神病薬なのではないかなと思います。

もう少しデータが増えないと判断できませんが、

アカシジアは少ない可能性があります。

有効性については、これまたよく考えると、海外でのRCTがどれも3〜4mg使ってるのに対して国内承認用量は1mgから開始して2mgまでとなってるんですよね。

それこそここで紹介した論文ではブレクス3mgに対してアリピ15mgを比較してるので、2mgでホントに効くんかいな?という気もします。

 

まあ、その辺のいきさつはきっと承認審査資料を読み込むマニアみたいな人がいますからそういう人の解説を待つことにして(笑)今回はとりあえず短時間でのエビデンスレビューによってブレクスピプラゾールの有効性と安全性について大雑把に考察してみました。

もっと面白い情報がありましたら、一緒にシェアしていきましょう。

 

JUGEMテーマ:精神科


医療や健康に関する情報について、我々は何を信じ何を信じないべきか

前回の記事の続編です。

薬剤師が同時多発的にブログをアップして

「ネット検索の結果をもうちょいマトモにするために頑張ろうぜ」

という宣言をしたところですが、

なんか私だけ

 

「ジーク・ジオン!」

 

とか不可思議な記事をアップしてて非常に恥ずかしい思いをしたので

少しだけマトモな思考を巡らせて

自分なりの意見を一つ書いてみようと思います。

 

まず、情報の真偽を見定める方法というのは色々あると思います。

それを自分なりに理解することが大事というか

もはや必要なレベルなんですよ。

 

小学校で日本語の読み書きは習いますよね。

もう義務教育で(せめて中学校では)医療や健康関連のリテラシーは

広く国民に教育していただきたいぐらいです。

 

その時には、何が真偽を見定めるための「軸」というものが必要になると思います。

では、どんなことを軸にしていけばいいのでしょうか。

 

よく挙げられているのは、

「誰がその情報を発信しているか」

なんですよね。

例えば、ちゃんとした薬剤師が発信している情報を信じろ、

どこの馬の骨か分からんやつの言うことなんか信じるな、

とまあ簡単に言えばそんな感じなんですが、

 

今や薬剤師もトンデモ情報を発信してるヤツがいる時代ですからね。

それも馬鹿を騙して小銭を巻き上げるような方法で。

まあ、喧嘩したくないので具体的に指摘しませんけどw

 

結局のところ、

「誰がその情報を言っているのか」を気にするのは

権威主義に他ならないんですよ。

「権威の言うことには従え」

と言ってるみたいで、私はあまり賛同できないなぁ。

 

じゃあ、何を信じればいいのかということなんですけど、

少なくとも、「根拠を示さない情報」というのは信じないほうがいいでしょう。

それも論文とかの学術的な一次情報にたどり着けない情報は

信じる価値はゼロです。

この辺については以前に私自ら人柱となって血の涙を流した

PubMedのTips(Single Citation Matcherの使い方)』

という記事が有りますのでそちらを読んでみて下さい。

もっともらしいことが書いてあってもガセネタってことはあるんですよ。

まあ、国民全員がこういう感じで一次情報(学術論文)に当たることができるようにとは思いませんが、

少なくともそういう引用が何も示されていない医療や健康、

特に「◯◯の効果」とか「■■の害」とかいうことについての情報は

とにかく引用が無いかぎり信じないほうがいいでしょう。

 

公的機関が言ってるからとか、

有名な先生が言ってるからとか、

そういうのは関係ないです。

とにかく引用元が示されていないものは一切信じないというフィルターをオススメします。

 

とはいえ!

ここまでの話も、

引用元が【ない】情報は信用でき【ない】ということは証明できない、

いわゆる【ないことを証明】するための「悪魔の証明」というやつなので

これを信じろというのは要するに私が言ってる話を信じろということで

要するに先に批判した「権威主義」の一つになってしまいますので強く言えないところです。

 

つまり、ここまで私が言ったこともぜひ疑って欲しい。

 

しかし裏を返せば、

引用元が【ある】情報であれば、

それは信用に足る妥当性が【ある】かどうかは吟味できます。

いつでもどこでも誰にでも当てはまる情報というのはあまり無いことを前提にすれば、

あとは、どの程度までの妥当性を許容するかという程度問題だと思います。

その点から考えると、

引用元がある情報でないと

真偽の程を検討もできない、というのは確かだと思います。

 

ということで、

ひとまず医療や健康に関する情報について

ネット上に漂うカスみたいな情報に踊らされたくなかったら

まずはきちんとした引用があるのかどうかを確認していただきたいと思います。

そしてその引用元の情報がきちんとした妥当性があるのかどうかについては

我々NPO法人アヘッドマップがそういった健康情報リテラシーの向上について

広く普及啓発をしていきたいと考えていますので

その活動にご賛同あるいはご参加いただければと思います。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

JUGEMテーマ:身近な医療と健康


立てよ薬剤師!

我らが強敵(とも)、るるーしゅ様が言われた。

今や「ググれカス」と言われたところで「ググってもカス」の時代であると。

確かに今やアテンションを集めることが至上となり、

その情報の妥当性のほどは一切顧みられないサイトが増殖した結果、

我々薬剤師がいくら正しい情報を伝えようとしたところで

患者がネットで知りたい情報を検索すれば

正しい情報に行き当たる前にカスのような情報を得てしまうのだ!

 

しかし、これは敗北を意味するのか?

 

否!

 

始まりなのだ! 


そのようなカスみたいな情報をばらまくサイトに比べ、

我ら薬剤師の発信力は30分の1以下である。 

それはこれまで各々がバラバラに情報を発信し、

全体として多くのアテンションを引きつけるという意識に乏しかったからではないか。

それでは仕事の片手間にブログをアップする我々が

本職でページビューを稼ごうと作り上げられたサイトに叶うわけがないのだ。

その結果として、不確かな情報に振り回される国民をTwitterなどで何度見てきたことか。

そのたびに、正しい医療や薬や健康に関する情報を提供したいと願う

我々の心が何度踏みにじられる思いをしたことか。 
薬剤師法第1条の掲げる国民一人一人の健康な生活のための戦いを神が見捨てるはずはない。 
しかし、結局何か健康関連のことをググってみたところで

最初の検索結果のページに表示されるのは根拠の薄弱なクソみたいな情報ばかりである。 
何故だ!?

 

大勢を占める情報がこの世の常識となってしまうのは、歴史の必然である。 
ならば、我らは襟を正し、この戦局を打開しなければならぬ。 
我々は過酷な臨床を仕事の場としながらも共に苦悩し、錬磨して今日の文化を築き上げてきた。 
しかしながらインターネットが情報を得る手段となった時代においては、

それが誤ったものであろうと発信力の強い情報が増長し我々に抗戦する。
このままでは諸君の関わる患者もその情報の無思慮な侵食の前に死んでいくかもしれないのだ! 
その時になって悲しんでも怒っても取り返すことはできない!

我々は今、この怒りを結集し、web上に叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。 
この勝利こそ、国民全てへの最大の幸福となる。 
薬剤師よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ薬剤師! 
我ら現場の薬剤師こそ医薬品を介せば一般市民の健康に最も近い存在であることを忘れないでほしいのだ。 
薬剤師である我らこそ日本の医療や薬事衛生を救い得るのである!

 

ジーク・ジオン!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

えーっと、

前フリのネタが長くてすいません(^^;)

ネタですからね、全部本気にしないでくださいよ。

でもまあ言いたいことは何となく分かっていただければと。

 

ということで、

るるーしゅさんの呼びかけに賛同して、

薬剤師初の情報発信について、もうちょっと気合い入れて頑張ってみることにいたしました。

一人一人の力は弱くても、

何人もの薬剤師が集まってお互いにリンクしたりツイートし合ったりすれば

きっとググったら上位に来るようになるんではないかと。

こんな枯れかけたブログですが、

これから少しだけ頑張ってみようと思います。

改めてよろしくお願い致します。

 

追記:まずは各薬剤師ブロガーさんにリンクをしないとね。

ひとまず、こちらで。

落ち着いたらちゃんとリンクのところにも移します(^^;)

るるーしゅさんの『黒の薬剤師会』

青島周一さんの『思想的、疫学的、医療について』

熊谷信さんの『薬局のオモテとウラ』

kurieditさんの『ドラッグストアとジャーナリズム』

けいしゅけさんの『けいしゅけのブログ薬局』

小嶋慎二さんの『アポネットR研究会・最近の話題』

ネーヤさんの『おねぇ系薬剤師の言いたい放題』

Fizz-DIさんの『お薬Q&A 〜Fizz Drug Information〜』

ミニ丸さんの『pharmacist's record』

みやQさんの『「くすりや」の「現場」』

むむさんの『むむろぐセカンド』

やくちちさんの『薬剤師ときどき父』

よっしーさんの『薬剤師よっしーのブログ』

リンコさんの『さあ、薬剤師に目覚めよう!』

改めてちょっと眺めてみると、ホントにうちのブログの立ち枯れ具合が目立つのでもう少しだけ更新してみようと思いましたw

 

JUGEMテーマ:身近な医療と健康


さようならニンジャ先生

JUGEMテーマ:お知らせ

特定非営利活動法人アヘッドマップを応援してくださっている皆さん、

いつもありがとうございます。

 

このたびは大変残念なお知らせをしなければなりません。

公式ページでリリースした通り

当法人の理事である黄川田修平先生がご逝去されました。

アヘッドマップにとって非常に大きな損失であるとともに、

例えようのない深い悲しみに涙が止まりません。

 

パブリックなコメントは公式ページのほうに書きましたので、

こちらでは私個人の黄川田先生への思いを簡単に綴ろうと思います。

 

黄川田先生との出会いはTwitterでした。

最初はね、私とあまり考え方が合わないようで、

特に政治経済ネタではしょっちゅう私の文章をリツイートしては

エアリプでクッソdisられていたのを覚えています(^^;)

当時の私も少々陰険だったので(笑)

そういうエアリプが多い方々をこっそりリストでフォローしてたので知ってたんですよね。

まあそいつら私が見てないと思ってホントにもう好き勝手なことばかり言いおって!

 

(おっと話がそれましたね、本題に返ります)

 

そんな彼でしたが、

薬剤師のジャーナルクラブJJCLIPによる

インターネット論文抄読会が始まって何回目だったか、

参加してくれてとても喜んでおられたのを覚えています。

何やらたまたまEBM関連のツイートが流れてきて興味を持ったとか。

人は何がきっかけで人生が動くか分かりませんし、

人が変わる時ってのはホント一瞬で変わるんですね。

 

そこからは公式追悼文にあるように

自ら論文を批判的吟味して公開するブログを継続的に運営され、

みるみるEBM力を身に付けパワーアップしていかれます。

JJCLIPでは頼れる常連さんとして何度も助けていただきました。

 

そして初めてリアルにお会いしたのが

2015年6月、つくばでのJJCLIPワークショップでした。

細身にメタルなファッションを身にまとい、

しかしその実態はニンジャ!みたいな感じの方でした。

(すいません意味不明な描写かもしれませんね。でもそんな感じ)

そしてJJCLIPのNPO法人化の話で盛り上がり、

すっかり意気投合したところで理事就任をお願いしたところ

快く了承してくれたのでした。

 

それからはJJCLIPの論文抄読会だけでなく、

ワークショップの運営を一緒にやったり、

あるいは広島や岡山のEBMワークショップにわざわざ来てくれたこともありましたが、

そういった時にはギリギリの時間まで薬剤師によるEBMの実践について語り合いましたね。

NPO法人化が決まった昨年末にはみんなで東京に集まり

忘年会として夜遅くまで語り合ったのでした。

NPO法人AHEADMAPの最初の実績としての学会発表をお願いして

その発表があった高松でも遅くまで語り合いましたよ。

そして第1回AHEADMAPワークショップを東京で開催した時にも

その打ち上げで夜遅くまで語り合いました。。。

 

今にして思えばその時が最後だったのに、

その日は何を話してたのか酔っ払い過ぎて全く覚えてないんです。

こんな別れになるのなら、

もう1回、酒じゃなくて彼の好きだったコーラを一緒に飲みながら

薬剤師の未来について語り合いたかったです。

本当に悔やんでも悔やみきれません。

 

以上が私の彼に対する個人的な思い出となります。

詳細に書くと多分長々としちゃうし

何より涙で書けなくなってしまいそうなので

ごく簡単な感じで申し訳ないですが。

 

彼に言いたいことは山ほどありますが、

いずれにしても大変な人生だったのには違いないのですから、

ひとまずは安らかに眠ってください。と言わせていただきます。

 

主義や趣味が違っても、

目的が一致すればこんなにも仲良く何かを一緒にやれるんだなぁ。

そしてそんな仲間を失う悲しみはこんなにも大きいのだなぁ。

そんな風なことを、どこかで聞いた話しなのですが、

このたび初めて実感しています。

 

いずれにしても、

NPO法人AHEADMAPは動き出しています。

この歩みを止めないように、

残された我々で前に進まなければなりません。

きっとニンジャ先生のおかげで薬剤師の未来は変わり始めたはず。

一緒に描いた未来を実現して、再会したいものです。

 

今後ともよろしくお願い致します。


VALUは革命的SNSだ!

「VALU、はじめました」

 

このようなフレーズを見かけたことがあるでしょうか?

今回は最近登場したVALUというサービスについて書いてみようと思います。

先月から目を付けてて、慎重に調べてこのたび自分で始めてみたんだけど

 

とにかくこれはすごい!

もしかしたら世の中を変えるかもしれないすごいシステムが、

この日本で生まれたというのがにわかに信じがたいが

VALUはすごい可能性を秘めていると思ったわけで。

 

以下、それを簡単に述べてみます。

 

そもそもVALUとは、

公式サイトのヘルプを読んでみてもあまり詳しいことがわからないのだが、

イメージとしては、

新規上場企業が株式を公開するように

自分のVALUというものを売り出して

それを色んな人に買っていただいて

VALU保有者(VALUER)と繋がる

こういったサービスであります。

 

この時、VALUというものは「疑似株式」として振る舞い、

それ自体に値段が付き、

自分が最初に売り出した後は自由に売り買いができます。

その値段も普通の株と同じく「売り板」で決まる次第です。

 

だからイメージとしては、

起業したビジネスがそこそこ大きくなった会社が

株式市場に新規上場するのと同じように、

個人が誰でも「VALU」というものを付与されて

それを公開して、マーケットで売買するというものなのです。

そしてそれを公開した人は、新規上場企業が株式公開したのと同様に

VALUを買ってもらえた分だけ「現金」を手にすることになります。

 

では、もう少し理解を深めるために、もう少しだけ解説しましょう。

詳細な解説は適当にググっていただければ

すでにいっぱい解説サイトがあるのでそちらに譲りますが、

以下、少しだけ世の中を面白くしたい薬剤師として

自分なりの視点から解説をしてみます。

 

まず、誰がVALUを付与するのか?

 

これはVALUというサイトにアカウントを作り、

審査してもらえばほぼ自動で付与されます。

(「ほぼ」というのは発行VALU数は多めか少なめか選べるので】

facebookやtwitterと連携できるようになっており

(facebookとの連携は必須)

どうもそちらの友達やフォロワーの数を基準にしているみたいです。

 

どうやってVALUを売るのか?

 

最初はほぼ自動的に値段が設定されてるので、

それで売り出すことになります。

一度取引が成立すると、その日は予め定められた範囲内の値段でしか売り買いの注文を出せないようです。

つまり「これ以上はダメ」というストップ高やストップ安の制限があるみたいです。

 

VALUが売れたお金で何をしたらいいのか?

 

好きに使ったらいいと思ってます。

ただし、自分のVALUを買ってくれるということは、

あくまで自分の価値向上を期待して「応援」のつもりで買ってくれるわけですから

特に夢も希望もないような人のVALUは誰も買ってくれないでしょう。

買ってくれた人の期待を考えると、それなりのことを頑張りたくなりませんか?

 

で、そこがポイントなのだと思っています。

今まで夢や希望のようなものに値段が付いたことがありましたか?

むしろ、夢や希望では食っていけないと言われていたのではないですか?

 

例えば将来有名になりたいアマチュア作家がいるとします。

でも、有名になって売れるまでそれだけで食っていけるほど世の中甘くありません。

そこで、その作家さんがVALUでアカウントを作って公開したとします。

そうしたら、その作家さんのファンは応援するつもりでVALUを買うでしょう。

いや、買いたくなるインセンティブがここにあるのです。

なぜなら、その作家さんのファンが増えて、

そのVALUを買いたいと思うファンが増えれば

それだけVALUの値段が上がりやすくなるからです。

これはまさに株と同じです。人気企業の株価は値上がりが期待できます。

そしてそのことがもう一つのインセンティブを生み出します。

VALUの値段が上がると、新たにVALUを売り出した時に

その作家さんに入る金額が増えることを意味します。

VALUを売り出せる本人はその量とタイミングをコントロールできるので、

自分の創作活動を頑張って自分の価値を高め、

そうしてVALUが値上がりしたところで新たにVALUを売る、

そのことでさらに収入が増える、そしてさらに頑張る、

こうしたサイクルが期待できます。

 

つまり、VALUはこれまでの資本主義社会では値段が付けられなかった

夢や希望に値段を付け、VALUの売買を通して

売り手にも買い手にも夢の実現に向けたインセンティブを与えているのです。

うまくすればそれこそメジャーになるまでの必要経費を稼いでくれるかもしれません。

これは本当に革命的なシステムだと思います。

そして誰が自分のVALUを保有しているかは分かるようになっており

タイムラインへの投稿が可能なので、VALUERさんと繋がれます!

これはまさに新たなSNSとしか言いようがありません!

 

とはいえ、いくつか注意点があります。

 

まず、当然ながらVALUの価格は日々変動することがありえます。

高い値段を掴まされてその後低迷ということもありえるわけです。

そういう点ではこれから伸びそうな人を慎重に選んでいく必要があります。

 

そしてその値段の変動ゆえに、投資と勘違いする人がいますが

「そもそもVALUは株式と違って根源的価値はゼロです」

株式を持つということは会社の一部を所有することになるので

発行株式数で等分した価値がその株式にはあるわけですが、

VALUを持ってもその人の義務や権利をなんら制限するわけではないので

VALU自体は一切の価値が無いと考えなければなりません。

ただ、ではそれに値段がついているのはおかしいのかというと、

見る人によってはゴミにしか見えない様々なコレクションと同じで

その価値はまさに「人気」や「期待」で構成されているわけです。

そこを見誤らないようにしなければいけません。

 

そして、ちょっと面倒なのが、取引は全てビットコインです。

なので、まずビットコイン取引所で口座を開設して、

ビットコインを買わなければなりません。

ビットコインは現在1BTC=37万円ぐらいですが、

0.01BTCぐらいから買えたりするので数千円あれば大丈夫です。

そしてワタクシのVALUの値段が本日の終値で

0.000606BTCなので余裕で買えちゃいます。

やる気と数千円さえあれば、そこはご安心を。

 

ということで、投資と言ってはいけないのだけど

自分の好きな人を少額から応援できて

夢の実現のためにお金が欲しい人はそれをアピールしてVALUERを募る

そしてその成果を売った人と買った人で分かち合うことができる、

そういったことを可能にした日本発のSNSがVALUなのです。

 

ということで、ワタクシのVALUはこちらから見れます。

https://valu.is/89089314

なお、こちらに書いております通り、

ワタクシの夢はNPO法人AHEADMAPの活動を軌道に乗せることですから

VALUで手にしたお金は全てAHEADMAPのために使わせていただきます。

もし良かったら、ビットコインを手に入れて、アカウントを作って、

ワタクシのVALUを「今すぐ」買っていただけると嬉しく思います。

 

それでは最後に、

今すぐワタクシのVALUを買わねばならない理由を説明しましょう!

 

まず、

VALUの取引はビットコインなのですが、

ビットコインの相場はずっと上昇トレンドを描いています。

今年の春頃に10数万円だったのが、ワタクシが買った先月で30万円、今は37万円ですからね。

今後ビットコインでの決済手段が増えて、購入希望者が増えると

それだけ資金が流入して価格は上がりやすいです。

もちろん必ず上がるとは言えず、今はバブルなのかもしれませんが、

今後利用者が急増する可能性はかなり高いように思われます。

VALUの相場が変化しなくても、ビットコインが値上がりすると

それだけ日本円で見た時の価格は上がっていくことになります。

 

次に、

VALUは初値の設定がめっちゃくちゃ安いです。

ワタクシはしばらく観察していてそのことに気が付きました。

最初に調子こいてたくさん売りに出さなければたいてい値上がりします。

そして最初だけは優待を付ければ値上がりさせることは非常に容易だと思います。

考えてもみて下さい、もしワタクシが

「VALU保有者にはビール1杯奢ります」

という風に優待を付ければ、

その瞬間ワタクシのVALUはビール1杯分の価値を帯びます。

現金や金券などあからさまな利益供与は規約で禁止されていますが、

例えば先の作家さんの例を出せば

「今度500円で売り出すラノベ1冊プレゼントします!」とすれば

その瞬間に500円の価値が生まれるわけですから、

ワタクシみたいに150円ぐらいからの売り出し価格ならすぐに値上がりします。

なにしろ今日売り出して、何もしてないのに1.5倍に値上がりしましたしw

つまり新規公開した人は非常に狙い目だということです。

 

そしてもう一つ、

今はまだあまり注目されていないので、比較的アンテナの高い人が参入していることです。

こういう人は夢や希望の実現を本気で目指してVALUを利用しようとしていることが多いと睨んでます。

つまり将来の価値向上に繋がる人と出会えるチャンスが多いということです。

これからVALUがもっと普及してたかだか数万円程度の小銭を巻き上げて逃げたい人が多く参入するようになるとその時にVALUは岐路に立たされるような気がしていますが、

よく分からない人ほどそんな魑魅魍魎な世界になる前に参加してみて欲しいと思います。

 

ということで、

要するに何が言いたいかというと、

VALUは夢や希望を叶えるツールになる可能性を秘めたSNSであることと

ワタクシを応援してくれる人には少しでも得をしてほしい、

単に手が早いだけのやつにワタクシのVALUの美味しいところを持って行かれたくない

そういう思いでこの記事を急遽書き上げてみました。

 

細かいところは違っているかもしれません、

大きな間違いはご指摘いただけるとうれしいです。

 

 

 

JUGEMテーマ:SNSの楽しみ方


【書評】『精神科病院で人生を終えるということ』

皆さんにとって、「精神科病院」それも精神科病棟を持っている大学病院や総合病院とかではなくて、いわゆる「単科」の精神科病院だとか「精神病院」とか言われてきた病院のことについてどのようなイメージを持たれているだろうか。

私は学生時代のアルバイトからずっと精神科病院で働いてきたので、イメージが上書きされてしまってほとんど覚えていないんだけど、子供の頃に、墓地の裏にひっそりと建っている窓には全て鉄格子という異様な雰囲気の病院を見つけて

「あれは何?」

と母に聞いたら

「あれはね、キチガイを閉じ込めとくとこよ。アンタも人の言うこと聞かんとわけわからんことばかりしょうると、あがなとこにブチ込むけえね」(広島弁)

と言われて、ちょっと怖いなと思った記憶なら、ある。

しかし、そのように人の目から遠ざけられて、まるで最初から無かったかのようにされて、近付くことも忌避されていたところにも、当然ながら多くの人の人生があり、ドラマがあったのだ。

現代ではうつ病や適応障害などが注目され、精神科医療も「隔離」から「癒し」の場へとシフトしてきたわけだが、かつて社会から「隔離」されてきた人たちがいなくなったわけでは決してない。

今も日本中の精神科病院でひっそりと生き、そして死んでいるのである。

 

本書は、そのような方々にスポットを当て、様々な葛藤や矛盾や答えのない問いに苦悩する若き精神科医の手記である。

 

という感じで偉そうに書いたら怒られるかもしれませんけどね(^^;)

ありがたいことに著者の東徹先生から献本と言ってよいのかご著書を送ってきてくださったので、簡単に感想を書いておきます。

書評とするからには、極力「くもりなきまなこ」で読んでみたつもりです。

 

さて、本書は基本的には日経メディカルで連載されていたコラムを加筆して書籍としたものだが、最初に手に取ったときの重厚さとは裏腹に、読んでみると楽に読める。

疾患や治療の説明が平易な言葉で丁寧になされているため、おそらく医療関係者でなくても読める内容になっている。

精神科医療をある程度理解している人であれば、そこらへんは飛ばして読めるし、1話ずつの構成になっているのでスキマ時間などに少しずつ読み進められるだろう。

 

本書のサブタイトル『―その死に誰が寄り添うか』は、本書の中で一貫したテーマである。

あなたは、自分の今際の際には誰が寄り添ってくれるか、考えたことがあるだろうか。

普通は家族であろうが、そうではない人が、精神科病院に長期入院しているケースでは結構多い。

本人の病気に振り回されて、家族も疲弊していることはよくあることで、そこに渦巻く感情が、「その死に誰が寄り添うか」を複雑にしていることがある。

 

(引用)

 本書のタイトルにある「その死に誰が寄り添うか」。家族が寄り添えない場合も多くご紹介してきました。細かい事情は様々ですが、病状の重さに疲れ果てて家族の心が離れていってしまったケースも多いのです。一般的に「家族のようなケア」という言葉は良い意味で使われます。家族なら親身になるのが当然だ、という発想ですね。しかし、時として、いや往々にして、家族だからこそ感情がもつれてしまう、冷静でいられなくなることもあると思うのです。愛憎は紙一重です。

 

確かに一切連絡を絶って関わろうとしない家族もいる。

個人的に「酷いなぁ」と思ってしまう家族もある。

しかし、事情を聞けば責められないケースも多いのだ。

それに、一時的に本人の病気と感情に振り回されただけで、実際にはその後もずっと揺れ動いている家族のほうが多数派である。

また、そのような家族の気持ちは時と場合によって揺れ動くことも描かれている。

例えば、延命治療を行うか、どの程度行うかということについて、引用してみよう。

 

(引用)

 やはり、家族も常に葛藤があるのだと思います。なるべく長生きしてほしい。けれど、そこまでしないといけないだろうか。それと、どこまでも世話を続けることにも限界を感じる。かといって、見捨てているようでそれはそれで心苦しい。

(中略)そしてそれは、家族だけでなく、本人の意思でも同じことだと思います。元気な時に思っていることと、体が弱ってから思うことは変わることがあるのは当然です。

(中略) もう少し付け足せば、元気な時に「延命治療はいらない」という明確な意思を、例えば書面に残して表明していたとしても、意識が混濁していたり、十分に意思表示ができなくなった時に、その思いは本当に変わらないのかという疑問もあります。意思表示ができないのと、感情がないのとは同じではありませんからね。

 

家族や、本人の判断は時間とともに揺れ動く。

そして、治療の判断をした医師も、揺れ動くのである。

 

(引用)

 胃瘻造設をした直後の数日は、もちろん「胃瘻を造設して良かった」と感じます。比較的安全に栄養を投与できるようになったわけですから。逆に言えばそう思うから胃瘻にしたわけです。

 しかし、1ヶ月後には少し印象が変わります。「食事も取れないで寝たきりのこの人の人生は、本当に意義があるのだろうか。胃瘻は無駄なことをしたのではないだろうか」。

(中略)しかし、3ヶ月後に今度は、「いや、これだけの期間、命を永らえることができたのだから、これは有意義なことだろう」と思えてきます。ところが、また1年後には、「生きる苦痛をただ延ばしているだけではないだろうか」と思えてきます。そして3年後には、「これだけの時間、生きることができたのが無駄なはずがない。無駄な命などない」などと思うのです。

 

そう、本書で展開される話は結局、精神科病院とはいえ、人がどのように亡くなるのかということにまつわる葛藤のストーリーだったのである。

ではなぜそれがことさら精神科病院ということがさも特殊なものとして取り上げられなければならないのか。

 

(引用)

院内には、簡素ではありますが葬儀ができる場所があります。中村さんもそこで葬儀を行いました。家族がいませんでしたから、参列者は病院のスタッフ、そして後見人だけでした。

(中略)そこへ、師長が数枚の写真を持ってきました。それは中村さんが若い頃の写真でした。

(中略)そこには、元気に笑っている中村さんの姿がありました。病院で開いた運動会の時の一場面、一泊旅行に行った時の様子などでした。長期入院の方も多く、運動会や旅行など、リハビリの一環としてそのような行事を病院でよく開いています。それらは形を変えながらも今も行っています。そして、その中村さんは、僕が担当してからの、寝たきりで話もほとんど通じなかった中村さんとは全く別人のようでした。

(中略)残念ながら、中村さんは社会復帰ができるほどには回復できませんでした。だから、ずっと入院していたのです。そう考えるのが当然です。

 しかし、写真を見ていて思うのは、本当にそうだったのだろうか、という疑問です。こんなに元気に笑っている人が、泊りがけで旅行に行ける人が、本当に退院できなかったのだろうか。病院ではなく、社会の中で暮らせなかったのだろうか。

(中略)写真を見ながら中村さんが社会に戻れなかった50年間に思いを馳せました。なんという長さだろうか、と気が遠くなる思いでした。

(注:本書における登場人物の名前は全て仮名です)

 

50年間!と驚かれた人もいるかもしれないが、私も自分の歳より入院期間が長い人と話したことがあって、その人に昔の写真を見せてもらったことがある。本当に衝撃的だった。と同時に、精神科医療が背負うものの重さ、業の深さを感じたものである。

 

「社会的入院」ということが語られることがある。

あまりに長い入院生活によって社会で生活する能力を失ってしまったために余儀なくされている入院といったニュアンスで使われているが、それにはもう一つ別の側面があって、社会のどこにも居場所がないために余儀なくされている入院といった意味もある。

精神障害者の何年、何十年に及ぶ長期入院は、あたかも精神科病院の問題であるかのように語られることがあるが、長期入院はあくまで「社会の要請に対応してきた結果」であって、重度の精神疾患を抱える人があなたの職場の同僚に、あるいは友人に、または隣人に、そして同居家族にいてもいいのなら、長期入院なんてそもそもありえないのだ。

 

ところが、実際には精神障害者への差別や偏見は、この日本の社会には厳然として存在する。

本書の中でも著者が何度も憤っておられるが、一般の病院が精神疾患(を持つ人の身体疾患の治療)を受け入れてくれないから、精神科に「身体合併症病棟」なるものが必要になるのである。

これはまさに差別や偏見が医療従事者の中にも根強いことの象徴かもしれない。

医療において患者の「たらい回し」という悪い意味の表現があるが、精神科病院と一般科病院との間には「キャッチボール」とでも言うべき状況も時に見られる。精神科としては「これぐらいの精神状態なら一般病棟でも大丈夫」と思って患者を搬送しても、十分に身体的治療を終えないうちに「もう大したことないからそちらで診てください」と送り返される。最悪断られる。一般科病院では何でもない病状であっても、設備もマンパワーも一般科病院と比べると見劣りする精神科病院でフォローできるものには限りがある。だからまたすぐに転院を要請することになる。でもちょっと不穏状態を呈しただけで送り返されてくる。結局多少無理しながら精神科でも身体疾患を治療しなければならない状況が生まれてきている。

(まあ薬剤師としてはそのせいで国試以来その文字すら見たこともないような不得手な薬をちゃんと効果や副作用をモニタリングして適切な使用方法を主治医に助言できるだろうかという不安とか突然亡くなられて高額な在庫を抱える恐怖とかでついつい憤ってしまうんだけど(^^;)

このような現状のなかで、精神科医療を担っている者がどのように悩み、苦しみ、そしてどのように希望を見出そうとしているか、これは本書を読み進めていくと具体的なエピソードとして明らかになるだろう。

 

しかし、だからといって一般病院や社会を責めることもできない。

そもそも、私たちは誰も「自分は全く差別や偏見感情を持っていない」と言うことはできないからだ。

これについては、本書の締めくくりとして、元のコラムにはなく加筆した章として「相模原障害者施設殺傷事件」を取り上げることで述べられている。

その事件の犯人が精神障害者であると決まったわけではないが、少なくとも措置入院という形で精神科医療が関わった事実はあるわけで、本書で述べられる考察を読むことを通して「精神疾患とは何か」を考えていくと「異常とは何か」に行き当たることにも気付いていただければと思う。

そしてその線引きをしているのは自分なのであって、自分にも差別や偏見の感情があるかもしれないこと、そして必要なのはそのような感情を無かったことにしてしまうのではなく、うまく折り合っていくことではないかということを私は改めて感じるのである。

都合の悪い部分を無かったことにしてしまおうとする態度こそが障害者(=マイノリティと言ってもいいかもしれない)を迫害する空気の源になっているのだから。

 

という風に書いたらなんだか重いように思われるかもしれないが、実際には先に少し引用したように、著者の優しい人柄(かな?実は実際にはお会いしてお話させていただいたことが無いので予想ですが(^^;)がにじみ出ているような優しいタッチの文章なので、表面的にはライトな読み方もできる。ただ、一旦本を閉じて目を閉じて考えてみると、上記のような思いが湧いてきた次第である。

 

そのような内容なので、冒頭に書いたように、一般の人でも精神科医療の闇の部分にちょっと興味がある人が読んでみるのはおすすめできるし、これはもしかしたら精神科病院における新人教育にも使える内容かもしれないと思っている。

少なくとも、私のような精神科薬剤師には間違いなく読むことをオススメしたい。

薬剤師がつい忘れがちになる精神科医や患者や家族の悩みについて触れることができるだろう。

 

唯一気になった改善点を申し上げるとしたら、事実に基づいているとはいえ、全て架空のエピソードとして書かれていること、そしてその点を度々強調されていること、そしてあらぬリスクを避けるためと拝察いたしますが自己弁護が多いこと、これらがやはり本書への引き込みや感情移入を阻害しているように思われ(まあ元々日経メディカルという医療者向けメディアでの連載ということを考えると、そういう読み方は著者は期待してなかったかもしれないが、一般の人に読んで欲しかったら必要なことかもしれない)、ルポルタージュのようなものとして読み進めるとくすぶったような微妙な感じがあるので、このように一冊の書籍としてまとめるのであれば、もういっそのこと「若き精神科医の苦悩のドラマ」として小説にでもしてしまったほうが良かったかもしれない。

いや、これはイチ読者の勝手な意見ですけど、今からでも脚本にしてテレビドラマ化(あるいは自主制作してYouTube?)を目指してみたらいいんじゃないですかね?結構強いメッセージがあるように思いますけどいかがでしょう。

 

精神疾患とは何か。

精神障害者が受ける処遇は誰が望んだものなのか。

そしていつか必ず誰にでも訪れる死には誰が寄り添うか。

目を背けるのでも無かったことにするのでもなく、

本書を手に、一度は身近なものとして考える機会を持ってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

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薬剤師がEBMを実践することに対するFAQ

これまで、我々がEBMスタイルに則った薬剤師業務の展開を推進しようとしているのに対して、直接あるいは間接的に様々なご意見やご批判をいただいてきました。その多くは真摯に受け止めるものでありますが、中にはEBMそのものに対する誤解に由来すると思われるご意見も少なくないので、一度ここでそれらの誤解に対してまとめて回答しておきましょう。

 

ただし、既にEBMについての誤解への反論は

南郷先生のような著名な先生方が既に行われていることなので、

基本的なところはそちらに譲ります。

 

ここでは、ある程度はそれと重複しますけども、

薬剤師が実践するEBMに対するQ&Aみたいな感じに仕立ててみました。

 

 

Q:そもそも「EBMに基づく医療」とは何ですか?

 

A:文面通りに受け取ると何を聞かれているのか分かりません(^^;)

EBMとは"Evidence Based Medicine"つまり「エビデンスに基づく医療」です。

「EBMに基づく医療」と聞いて違和感を感じないのは、EBM≠エビデンスということをご理解されていないからと思います。

聞いてて恥ずかしくなるのでそのような言い回しは今後やめましょう!

 

 

Q:EBM=エビデンスではないのですか?

 

A: 全く違います。和食=醤油と言ってしまうぐらい違います。

これは「EBMの実践=エビデンスを患者に当てはめること」と思っていると陥る勘違いです。

EBMの実践とは、現場で発生した疑問を定式化して抽出し、利用可能な情報源から適切に検索した情報が妥当であるかチェックし、適用可能な形で現場の疑問にフィードバックしていくことです。

「このエビデンスはこの患者には適用できないと判断した」

というのも立派なEBMの実践なのです。

エビデンスの限界を見極めて、現場に適用できるか考えることが肝心なのですから、EBMを正しく実践すればエビデンスによって医療ががんじがらめにされることもありません。

 

 

Q:海外の大規模臨床試験の結果を目の前の患者に適用できるんですか?

 

A:どの程度適用することができるかを考えることがEBMの実践に必要です。

「適用できる」or「適用できない」と二値的に判断するわけではありません。

定量的データを読みながら定量的に考えることが大事なのです。

外国人のデータといっても、同じ人間なんですから基本的には同じだと考えるべきですし、日本人を対象としたエビデンスもどんどん蓄積されています。

確かに薬物代謝においてpoor metabolizerが存在する割合など薬物動態学的差異や文化社会的差異が大きいことがあるのは事実ですが、ではそれが結果にどの程度影響を与えたか、目の前の患者はどっちにより近いのか、そこをよく考えれば、海外のデータであることを理由にまるで読むに値しないというエビデンスは、私は今まで一つも出会ったことがありません。

また、確かに大規模臨床試験が示す結果はあくまで平均値であり事前の期待値でしかありませんが、その効果の大きさが目の前の患者にとってどのような意味があるかを考えることが必要です。

例えば認知症でMMSEのスコアが3点改善することは、あなたが関わろうとしているまさにその患者さんや家族にとってどのような意味をもたらすでしょうか。そういったことをよく考えてみて下さい。

エビデンスが示す効果だけにとらわれているから、エビデンスの結果を適用できないように感じてしまうのです。

 

 

Q:エビデンスを探したり読んだりする時間がないので実践できません

 

A:完璧なエビデンスがどこかにあると思っているんじゃないですか?それ以外の弱々しいエビデンスではEBMを実践できないと思っているんじゃないですか?

実際には誰がやっても100%適用できて全く判断が分かれないようなエビデンスなんてどこにもありません。

臨床で真摯に仕事してる薬剤師は皆忙しいわけですから、時間が無いなら無いなりに探して読むことができた精一杯のエビデンスは、例え最高の環境で検索できている熟練のEBMerに「中途半端なエビデンスだ」と言われようが、それはあなたが現場に適用できる最高のエビデンスであるということができます。

もちろん、慣れることで効率よく探して読むことができるようになるほど、現場に適用できるエビデンスの質が上がることは言うまでもありませんが、「現在利用可能な最高のエビデンス」というのは時間や環境の制約も織り込んだものです。

 

 

Q:とにかくランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシスを読めばいいんですよね?

 

A:どちらも大事ですが、必須ではないし、それらが全てでもありません。

薬剤師としては薬の副作用などの「害」に関するエビデンスにも触れたいところですが、そのような有害事象に関するエビデンスはコホート研究や症例対照研究として報告されることが多いです。

また、まれな疾患や頻度の低い有害事象であれば症例報告が重要となることもあります。

もちろん、いい加減に組まれたRCTよりは丁寧に交絡因子を調整したコホート研究のほうが信頼できることだってあるでしょう。

確かにRCTやメタアナリシスを探せば妥当性の高い情報である傾向は高いですが、それが最良のエビデンスであるかどうかは、それを適用できるか考えている目の前の患者さん一人一人による、と言えます。

 

 

Q:統計学的にプラセボと有意差がない薬は意味がないってことですよね?

 

A:そうとも言い切れません。

もちろんβエラー(ホントは差があるのに見つけられなかっただけ)の可能性もありますが、臨床的には、患者さんに現れる効果というのはプラセボ効果が加味されて現れます。

もちろん、リスクやコストと天秤にかけてあまりにバランスが悪ければその治療はやめたほうがいいということになるでしょうけど、プラセボ効果で良くなったって別にいいじゃないですか。

それに、効果にしろ副作用にしろ「10%ぐらいありそう」というのを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれです。

リスクとベネフィットのバランスですら人それぞれなんですよ。

逆に、有意差がある治療についても同様のことが言えますので注意しましょう。

 

 

Q:妥当性の高いエビデンスに基いて行った処方提案をしても医師に採用されませんから意味ないですよね?

 

A:エビデンスを勝ち負けの道具にしてしまってませんか?

EBMの実践とは、

1,科学的根拠

2,患者の価値観

3,治療や生活の環境

4,医療者の経験

これら4要素に配慮しながら臨床で判断していくものです。

そのような判断をして「医師に処方提案する」という行動を起こしたことと思いますが、それと同様に、医師も上記の4要素から臨床での判断をしているはずです。

その時、薬剤師が動かせるのは「科学的根拠」だけなのは当然ですよね。

つまりどんなに妥当性の高いエビデンスであろうが、他の3つの要素が強ければ、それに沿わない判断になって当然なのです。

だとすると、一体どんな要素があったのか、興味が出てきませんか?

それを知るためには、医師と話し合い、看護師さんやその他スタッフと話し合い、患者と話し合うことが必要です。

その時、エビデンスは人と人とを繋ぐ架け橋となるのです。

エビデンスに基づいた処方提案が採用されたら勝ち、されなかったら負けみたいな考え方をしていては、いつまでたってもその他の要素に思いを馳せることができないままです。

それではせっかく臨床にいるのにもったいないと思います。

 

 

Q:結局エビデンスで白黒付けられないのならエビデンス読む意味ないですよね?

 

A:どんな意味を見出すかは自分が決めることですが、そもそもエビデンスは白黒付けるものではありません。

臨床のエビデンスというものは、深く読めば読むほど、「どっちでもいいんじゃね?」という感覚になるものです。

「どっちでもいい」からこそ、その薬を使うか使わないかは患者の価値観や医師の裁量などその他の要素を大事にすることができるのです。

それに、薬理学や薬物動態学をベースにした処方提案だと、「どっちが正しいか」という対立になりがちではないですか?

どっちが正しいかを争ったら、微妙な場合は薬剤師が負けるじゃないですか。絶対正しいのに負けたら、ダメージでかいじゃないですか。

でも「どっちでもいい」エビデンスに基づいた処方提案なら、採用してもされなくてもまあどっちでもいいじゃないですか。

そのように気楽に考えてストレスなく臨床を学べるってだけでも、私は意味があると思うんですがどうですかね?

 

 

Q:とても処方提案とかできる環境じゃないからエビデンス読む意味ないですよね?

 

A:じゃあ何を根拠に患者さんの質問や他職種からの問い合わせに答えるんでしょうか?

「この症状は副作用ですか?」と聞かれて

「医師にご相談下さい」とか言うんですか?

「その可能性は否定できませんね」とか言うんですか?

それらの回答って逃げてるだけで何も勉強してなくても素人でも言えますよね。

でも医薬品添付文書や薬理学の教科書が教えてくれるのは「その可能性があり得る」というヒントや仮説だけなんですよ。

エビデンスを読めば、それが「どの程度か」が分かるようになります。

そういうことを根拠にすれば、ズバッと攻めるようなこと言ってもいいじゃないですか。

答えは後になってみないと分からないんだから、エビデンスを味方にしてもう少し強気に仕事してみてもいいんじゃないですか?

 

 

Q:楽してEBMの実践を学ぶ方法がありますか?

 

A:NPO法人アヘッドマップは、まさにそのことについて取り組みたいと思っています。

私たちは決して鼻息荒く血眼になって論文を読んでいる集団ではありません。

むしろ、やる気のない薬剤師にメンバーに入ってもらって、いかに楽して論文を読んで使えるか、そしてその方法を楽しく学べるか、そこらへんを極めたいと考えています。

バリバリ論文読みたい方はもちろんですが、論文からの最大のパフォーマンスを楽して得たいと考えている方も、NPO法人アヘッドマップという器を使って、一緒に面白く学んでいきませんか?

【入会案内】NPO法人アヘッドマップについて

「面白きこともなき世を面白く」していきましょう!

 

いかがでしょうか?

またご意見をいただくことがありましたら静かに追記していきたいと思います。

 

 

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