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新年は家族でこうやって凧揚げを

先日、自分でやってみた餅つきの話をしたところだが、
それに引き続いてこんな企画をやっていたことも思い出したので
ここに転載してみることにする。
これも以前開設していたwebサイトに載せてたものだ。

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タイトル:実験君6!!!!!!『このタコがぁ!
公開:2008/2/4
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ゲイ春。

あ、去年もこのネタ使ったな(^^;)
そんなことも忘れるくらい更新から遠ざかっておりましたが
このひさびさの更新に「実験君」シリーズを持ってこれたことをうれしく思います。
では、今回は何をやらかしたかというと、
去年に続いてニッポンの伝統を守ります!頑張ります!


背景

凧揚げは古来より日本中ほとんどの家庭で新年の遊びとしてごく普通に見られた光景である(多分)。現代においても、洋凧などがかつてブームとなったし、比較的手頃なためか、わりとどこにでも売っているのでそんなに廃れた遊びではない。しかし、電線等が空を行き交う都会においては危険を伴う故に、なかなか馴染めない遊びでもある。

そこでこのたび、せっかく電線も無いような土地に引越したことを利用し、どこまで凧揚げを楽しむことができるか検証してみることとした。常識はずれな上げ方をすればケタ違いの楽しさができるかもしれない。


目的

市販の凧を素人がどこまで揚げることができるのか検証する。
 

方法

この実験にあたり、近所のショッピングセンターで以下のものを購入。
凧(七連の連ダコ) 1点
タコ糸(50m) 8点
合計購入金額は約1000円。
いきなり全部購入すると怪しまれること確実であり
妙な結果を招いた際にアシがつくことが無いよう
糸は何度かに分けて購入した。

平成20年1月某日 午前10時
天候は晴れ、やや強い北西の風が吹くこの日、ついに決行。
実は連ダコを揚げるのは初めてだったが、強風も手伝って難無く上がる。
共犯として一緒に連れ出した大五郎も大喜びだ!
凧はあっという間に付属の糸を全て使い切ってしまう・・・

ここからだ( ̄∀ ̄ )ニヤリ

凧に最初から付いていた糸は50m。
これに追加で買ったタコ糸50mをしっかりと結びつける。
さあ行け!大空の彼方へ!!!
およそ100m上昇した連ダコを持つ大五郎。
さすがに当初の長さよりは引きが強いので緊張がみなぎる。

ってそこで手を離すかオマエ!!!Σ( ̄ロ ̄|||)
なんとコイツはこの写真の直後に手を離しやがったのである。
ズルズルと地面を引きずられていく持ち手。
ひいいいい!せっかくの準備が水の泡になるう(@Д@)
デジカメも放り出し、おそらく数年ぶりというほどの全力疾走。
何とか捕まえる。
やれやれ、
後はオレが持っとくことにしよう(;´Д`)
しばらくの休憩の後、実験を続行することにした。
雲一つない空に、色とりどりの連ダコ。
さらに継ぎ足して150mへ。
光学3倍程度のカメラではもはやゴミにしか見えないが、
デジタルズームも使えばまだ凧であることが確認できる。
空は快晴だが、風がかなり強く
雲が猛スピードで移動していく・・・
この先はどんな風が吹いているんだ!?
さらに継ぎ足して200m。
そして250m。
実はここは市内の某公園に隣接するだだっ広い駐車場。
まだ正月休みではあるが、そのせいか予想外に家族連れがやってくる。
そして凧揚げをしている。
考えることはみんな同じということか?
300m・・・
え〜っと、
何だか視線を感じるのは気のせいでしょうか(^^;;;
そして400m。
公園のメインエリアからは離れたところなので人通りは遠いのだが
皆が足を止めて指差してるのは気のせいでしょうか(滝汗)
さすがに通報されかねないか?( ̄Д ̄;)
しかしここである事実に気が付く。

200mぐらいから糸の引きが強くなっていない・・・
というよりも、見上げる角度がだんだん低くなっているような気が・・・

つまり凧は上昇していない!流されているだけ!?
糸もずいぶんたるんでいるように見えます。
下手すると向こうに見える競技場に引っかかってしまいそうなので
ここで中断を決意。


結果

400mまで凧糸を伸ばすことができた。
凧を回収するのに1時間近くかかった(爆)
想定外に多かったギャラリーの視線が痛かった。


考察

本実験は、「凧をどこまで揚げることができるか」を検証したものであるが、「揚がる」とは糸が伸びることなのか、絶対的な高度を上げることなのかを事前に決めておかなかったために、いたずらに糸だけを伸ばしてしまった側面がある。高度を稼ぐのであれば、和ダコより洋ダコの方が適している可能性があるため、再検証の際はそちらの使用を検討すべきと考えられる。ただし、400m(目標は500m)という長さは、糸の重さも凧の浮揚にとって無視できないファクターになると思われたため、綿密なシミュレーションの必要性も感じる。タコ糸の強度はおそらくこれぐらいでは問題にならないと考えられたが、いずれにしても万一のことを考えると、今回以上の検証を行える場所は非常に限られてくるだろう。そしてこれだけの懸念があるにもかかわらず、ただ凧は遠くに行ってしまうのみであり、引きが強くなることも無く、回収作業の手間が増えただけであった。


結論

電線が無くても凧を揚げ過ぎるのはやめましょう。ただ遠く、小さく、見えなくなり、回収しにくくなる可能性の方が高いです。ホント回収作業はマジで疲れました。(;´Д`)

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ということで、
新年はこの方法で一家で凧揚げを楽しんでみてはどうでしょう?
失敗しても責任は取りませんが、
報告してくれたら一緒に悲しむぐらいのことはしますので(^^;)

今年の年末は家族でこうやって餅つきを。

先日職場で、自分で餅つきやってみた話をしたら大ウケだったので、
その顛末を当時匿名で開設してたウェブサイトの記事にしていたのを思い出し
ここに転載してみることにする。
ちなみにそのウェブサイトは既に閉鎖して存在しませんからね(^^;)

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タイトル:実験君5!!!!!『ニッポンの伝統を守れ!』
公開:2007/2/19
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大五郎(仮名、2歳)を日曜の買い物客でごった返す某ショッピングセンターの片隅で着替えさせてたら

チンチン痛い!

と大声で連呼されて恥ずかしい思いをしたヒデ@890Rですこんにちは。
さて、今回は日本の年末を飾る伝統を守るための取り組みを紹介します。
家庭で餅つきができるか大実験!!!

背景

餅つきはかつては日本中多くの家庭で年越しの準備としてごく普通に見られた光景である(見た事無いけど)。しかし現代では、正月の餅をつくという行為は滅多に見る事ができず、餅つきに必要となる臼も杵も一般的に販売されている状況ではない。日本の伝統たる餅つきは、一般家庭からは絶滅状態にあると言っても過言では無いだろう。一方、餅つき機が販売されてはいるが、一家庭が使うにはコストパフォーマンスが優れているとは言えない。

目的

一般に広く販売されているものを用いて、安価に正月の餅をつくという行為を楽しむ。

方法

この実験にあたり、ホームセンターで以下のものを購入。
犬用食器 1点
木槌 1点
計2点で購入金額は約1000円。
餅米は、おこわ等に使うため家庭に在庫していたものを家庭用の炊飯器で炊いた。
餅の付着を防止するための水を適用な容器に準備した。
木槌および犬用食器は、衛生上の懸念から、中性洗剤で丁寧に洗浄した。
餅つきを開始したとたん、聖帝大五郎様に木槌を奪われるというハプニングが発生。
木槌で著者が襲撃されるという事態に発展したので、目的を説明したところ、
「自分でやる!」と言って聞かないので、やり方を教えてやってもらうことに。
つき方は常法に従う。
適当に木槌で叩いては、木槌を水に浸して乾燥を防ぐ。
合間に水で濡らした手で餅米を混ぜる。
思ったより水や餅米が飛び散ることに気付き、新聞紙等を下に敷くことにした。
聖帝様は適当に遊ぶと、飽きたのかどっか行ってしまわれた。
仕上げ(てゆーか9割以上)を著者が行ったが、
かなり力を入れて(それこそ憎しみを込めるくらい)つく必要有り。
ほぼ完成の図。
この後、食べやすいサイズに丸め、1回目は片栗粉をまぶし、
2回目はきな粉をまぶして完成とした。

結果
普通の餅
きな粉餅

考察

本実験は、新規に発生する費用を1000円以下に収めながら家庭で1〜2食分の餅をつく事が可能である事を証明した。今回は犬用食器と木槌を用いたが、犬用食器は土台が広く転倒しにくい形状であり、臼の代わりとして用いるには適切なものと考えられる。もちろん安全性を考慮すれば、素材はプラスチック製のものに限られるだろう。また、餅つき中に実感したが、餅がつき上がってくるに従い、餅と犬用食器の粘着が強まるため、犬用食器はできるだけ重量があるものの方がより扱いやすいと考えられる。また、餅つき時にはかなりの力が要求されるため、木製にこだわらなければ、もしかしたら鉄芯の入った重いプラスチックハンマーの方が餅をつきやすいのかもしれない。このように、いくつか改善の余地はあるものの、この方法を使えば、少なくともお金が無い、場所が無い、道具が無い、といった現代の餅つきにおける問題は無くなる。日本の伝統を継承する事の楽しみを、この餅つきによってぜひ体験してみて欲しい。

結論

家に餅米と炊飯器さえあれば、ホームセンターで1000円程度で揃う臼(犬用の食器)と杵(ハンマー)を買ってくるだけで、一家がお雑煮に使うぐらいの餅をつく事は可能である。

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ということで、
今年の暮れはこの方法で一家で餅つきを楽しんでみてはどうでしょう?
失敗しても責任は取りませんが、一緒に悲しむぐらいはします(^^;)


子供の日に思う

最初は新聞の投書を読んでて思ったんだけど、
最近の子供の質は悪くなっているかの論調。
そしてそのような躾や虐待などは親に全責任があるという意見。

本当だろうか?
ワタクシはそうは思わない。


とりあえず警察庁の統計を見れば、
「人口比」として少子化の影響を抜きにして比較しても
少年犯罪はここのところ減り続けているわけだし、
近所の子供達も遊び方は昔と様変わりしたが
本質は変わってないように見える。

そもそも子供は好きで悪い方には育たない。
もし子供が何か問題を起こすとしたら、それはただの成長の過程か、
そこに大人が追いやってるだけではないだろうか。


では子供にとって最も身近な大人である親に全責任があるのだろうか。
しかし、子供の心の安定は親の心の安定があってこそ。
親の心の安定は周囲からのサポートにもよるし、
何よりさらにその親からの育てられ方や生い立ちにもよる。


虐待の問題にしてもどこまでも原因を突き詰めていけば親どころの話ではなくなるもの。
原因は何世代にも渡り社会で複雑に絡んでいるもので、
直接の原因ばかりを罰したり取り除こうっていうのは難しいように思う。

つまり子育ては社会の問題。
みんなで考えて、何世代も後のためのビジョンが一人一人に必要ではなかろうか。


「教育は国家百年の計である」とはホントによく言ったものだと思う。
国も国民に広く子育てについての理念を示して欲しいし、
一人一人が自分なりの理念を持って、
直接育てる親はもちろん、子供がいない人も子供に影響を与えうる周囲の大人として
子供や両親に接して欲しいなぁ・・・と思う次第。

そんなことを、息子の寝顔を見ながら思ったのでした。

父ちゃん、古傷を語る

息子にヒザの傷跡を聞かれた。

「これはね、大学生の時に海で友達と泳ぐ競争してて、
 ズルして途中から防波堤に登って走ってたら転んで海に落ちて切ったのさ」

・・・イマイチ理解してもらえなかったようだ。
離島だったから開いてる病院が無くて大変だったんだけどな(^^;)



息子に小指の傷跡を聞かれた。

「これはね、5年生の時に友達とヤクザごっこしてて、
 詰める真似したら手元が狂ってホントに切ってしまったのさ」

・・・まだちょっと飲み込めないようだ。
すんごい血が噴き出して友達は逃げるし大変だったんだけどな(^^;)



息子に手の甲の傷跡を聞かれた。

「これはね、6年生の時に昼寝してる野良猫におしっこかけたら
 襲いかかってきてまだ動けないところをガブッと咬まれたのさ」

これには息子は腹を抱えて大爆笑!
しかし、あとちょっとずれてたら男じゃいられなかったかな(^^;)



「傷は男の勲章」とも言いますが、
こうしてみるとロクなのもってねーや(;´Д`)

所得税還付から子育てを語る

所得税の還付金が振り込まれてた。
しかも去年払ったのが全額返ってきた。結構大きな臨時収入だ。

しかし、思えば
病院、薬店、家庭教師、ガードマン…とバイトを掛け持ちして
毎月手取りが20万以上あった大学院生時代にちゃんと確定申告してたら
住民税や健康保険料の支払いに苦しむことも無かったし、
今頃はもっと楽に生活できていただろうなと思う。

ちゃんと確定申告するってのは、
「金持ちのマインド」なのだ。

稼げば稼ぐほど税金やら何やらの支払いが増える。
それを払うためにさらに一生懸命働く。
いつまでたっても豊かになれない。
それは国が悪いのでも会社が悪いのでもなく、働き方が間違っているのだ。
「貧乏人のマインド」がそうさせているのだ。

そのことに気付いたのは30歳になった時、
二人目の子供が生まれた時だった。
真剣に人生と向き合って、
「自立と依存」という軸で物事を見ることに気付いて、
考え方が180度変わった。

それから5年と少し、ようやく希望が見えてきた。

子供には依存して欲しいのも親心だが、
子供の自立を願わぬ親はいない。
しかし、「真の自立とは何か」を知っている親は意外と少ないし、
知っていても「そんなのできっこない」と思っている。
だから「良い学校に行って良い会社に就職しなさい」というが、
それはまさに隷属への道を教えているようなものである。

他人と同じでなくても良い。
どんな子供でもその人間性を受け入れて肯定し、
良いところを見つけてどんどん伸ばし、
やがてその能力を使って一人で生きて
周りの人を幸せにしていけるようにするのが親の務めではないかと思う。

子供と図書館

最近、週末はガキどもを連れて図書館に行くのが定番になっている。

実は恥ずかしながらこの歳になるまで
図書館なんてモノを利用したことはほとんどなかったのだが、
なかなかイイもんですな!

児童書はもちろん、新聞や雑誌もあるから
いつ行っても暇つぶしにはなるんだよね。
しかも空調完備、もちろん無料。

こりゃこの夏はそこに入り浸ってやるか?

しかし7歳の息子と4歳の娘の本の選び方を見てると面白い。
一度に5冊まで借りれるので、好きなのを5冊選べと言うと、

息子:好きなシリーズモノを背表紙だけ見てゴッソリ取り出して終了。

娘:面白くないといけないから、と中身をパラパラ見て1冊ずつ決める。

いや〜コイツら見てると飽きませんw


ちなみにうちの子はやたら本が好きな子になったが
それを人に話すと「血筋だ」とか「上手く仕向けた」とか言われるが
それはちょっと違う気がする。

何よりワタクシは30歳までロクに読書したこと無かったし
本を読むよう子供に言ったことも無い。

多分、子供って元々何にでも興味示すから
そういった時に親がちゃんと相手してやれば、そして本人のやる気の方向に沿った
「見守り」(注:介入、手出しなどではない)をしてやれば
読書も好きになるんじゃないですかね。
少なくともうちは子供が「絵本読んで〜」と来たら
忙しくてもちゃんと相手してやりますよ。
きっとそういうことの積み重ねなんじゃないかなぁ?

まあとにかく、
10歳ぐらいまでなら連れてけばそれなりに楽しんでくれるみたいなので
下手にクソ暑い行楽地に出かけるよりは
近所の図書館に出かけてみても良いんじゃないっスかね

子育てに体罰は必要か

「このバカタレがー!」
と、両親に怒鳴られブチ回されて育ってきたワタクシですが
(まあ、そうなっても仕方ないこともしてきましたが
それと平行して犬を飼ってた時に、
やっぱり犬を叱るのに叩いたり噛み付いたり(?)してたせいか

ワタクシは言ってきかぬ者には「実力行使」するもんだと思ってました。

てゆーか、言ってきかせるだけでは甘っちょろいんじゃないかと。

その一方で、
全く親から体罰を受けずに育ってきたというワタクシの妻。

甘ったれた人間どころか全く問題の無いっつーか、
一目置ける、尊敬できる人格でして
(むしろワタクシの方が変な人間だwww)
子供ができて子育てのことを話し合うようになってからは
ホントに「どうなってるの???」と思うようになった。

今回は先日ツイートしたことをまとめて書いてみる。

やはり子育てのためには、
子供のために心を砕くことが最も重要なのではないかと思う。

つまり、
こっちの都合だけで子供を黙らせない、従わせないということ。
「子供だから」と思わないで、1人の人間として真摯に対応する必要があると思う。

そしてこっちの気分や体面によって対応を変えないということが大切だろう。
ブレないこととも言える。

例えばおもちゃ屋の前で子供が大声で駄々をこねる。
何を言っても聞かずますます暴れっぷりがエスカレート。
こういう時にさっさと終わらせるために怒鳴ったり叩いたり、
逆に子供の要求に折れたりしないということ。
どうにもならんと思ったら、
我が家は子供を小脇に抱えて粛々と去るのみ。

子供が怒るのも理由がある。
それをうまく表現できないときに駄々こねたり暴力になったりする。
もっとうまく対応したいものだが、
我が家では子供の声にならない声を言葉にしてあげることしかできない。
時間がある限り、子供に対して真摯に対応する。
それに1時間以上かかったこともある。

決して楽な方法ではない。
妻でさえ、
「ここで引っぱたいて無理矢理言うこときかせられたらどれだけ楽だろう」
と思うらしい。
ワタクシなぞ言うに及ばず。
しかし、そこで今一度考えるようにしているのだ。

「今怒ってるのは子供のためなのか?それとも自分が不愉快なだけなのか?」と。

本当に子供のためを思ってのことなら
おそらく叩こうが何しようがその愛情は子供に伝わると思う。
しかしそこに自分の気晴らしの要素が少しでも入るとしたら
それは無意識に子供にも伝わるのではないだろうか。
鈍感な大人でさえ、
上司の説教が本当に自分のためを思ってのことなのか
多少なりとも上司自身の保身や気晴らしの要素があるのかぐらい
何となく分かるではないか。

そのように自分の心に考えを巡らすと
不思議と自分の心に余裕が生まれるものだ。
余裕ができれば相手の心を洞察できる。
そうするとさほど腹立たしい気分も無くなる。

しかしそうやって一度や二度うまく対応できたからと言って
あまり変わらないのが子供(特に幼児)というもの。
だが、それは逆に考えると
一度や二度の失敗で子供が何かダメージを負うかというと、
そんなことは無いということだ。
つまり子供は良くも悪くも柔軟なのだ。
だから失敗を恐れず試行錯誤で対応していけばよいのだと思った。

こういう考え方も、自分の心に余裕をもたらすだろう。
余裕があれば、腹立たしく思うことも無くなる。
腹立たしくならなければ、
子供を叩こうなんて、この「体罰肯定派」だったワタクシでさえ思わなくなった。

じゃあ、
やっぱり子供を叩こうってのはただの憂さ晴らしだったのか?
と思って自分を情けなくも思った。
と同時に、
かつて親(特に母だったが)に叱られ叩かれた時のあの嫌な気持ちの正体は
それだったのかとも理解できた。

こういう感じでやっていたら、
子供を殴る必要が全く無かったというのが正直なところ。

だから今回の話に結論を述べるとしたら
体罰が良いか悪いかという議論はちょっとズレてるということなのだ。
大事なのはどれだけ親が心を砕いて愛情を伝えられているかであって、
どのような手段を取ろうがそこのこと次第で結果が変わるのではないかと思う。
だから本当に親の愛情が乗っているなら体罰を行っても子供に愛は伝わるし
愛情が伝わってなければ何をしようが何をすまいがダメなのだということ。

そしてこういうことを考えてたら
別に子供がどんな悪いことをしようが
体罰を加えなくても何らかの方法があるよね。と思った。

ということで、
体罰が良いことか悪いことかという議論はナンセンスだと思うが、
体罰が必要であるか不要であるかという議論なら、
ワタクシは不要だと思う。

そしてワタクシが少年時代に無意識に感じ取った
「言ってきかないヤツは実力行使もやむなし」というロジックは
よく考えたら「認知症になった親を殴ってもいい」ということにもなり、
やがては自分に返ってくるかもしれない危険なロジックだったのだ。
(老いた親に対する虐待ってそれが原因じゃないのか?とか思う)

いずれにしても、
人間は言葉で考えてコミュニケーションで問題を解決できる生き物だ。
子供を育ててみれば分かるが、
まだロクにしゃべれぬ1歳児でも親の言葉はだいぶ理解してる。
体罰だとかってのは実力行使ってのはただの思考停止、
理解を求める努力を怠った、タダのサボりだったのだよ。

超ポジティブな娘

娘の愛鯉(仮名、4歳)は超が付くほどポジティブ思考だ。

ある意味、妄想の域かもしれんがwww



さきほど、カメの水槽の水換えをする時の話。
その間このカメは床の上に放しておくので、
愛鯉にヘンなところに入り込まないよう見張りを命じた。

すると、
最初は甲羅にこもってじっとしていたカメもクビを伸ばす。

「あ!カメがこっち見よるー!」

と愛鯉の声が響く。

そして次のセリフは

「愛鯉のことが好きなんじゃねぇ」

としみじみつぶやく。
コイツは一体ナニモノだ!?



確かに我が家の教育理念の一つは「自己肯定感を大事にする」だ。
人間の魅力のコアである素直さを持ち続けるために、
どんな困難にもめげず自分を大切にできる人間に育ってもらうために、
「愛されている」「大切にされている」という実感を持たせる子育てをしてきた。


長男の場合は、それでもちょっとナイーブなところがあるのだが、

コイツの場合は自己愛の塊みたいな感じに育ってきたwww


その後、水槽に戻すためにワタクシに上から掴まれてもがくカメを見て

「カメが『愛鯉のとこに行きたいよー』って言いよーる
とホザき始め、

水槽に戻されてガラスをよじ上ろうとあがくカメを見て

「そんなに愛鯉のことが好きなんじゃねぇ」
とまたしみじみつぶやいていた。


この子が大きくなったらどんな女になるんだろう
ワタクシは恐ろしいものを世に送ろうとしているのかもしれない・・・

子供に毒蛇で遊ばせてしまった件

長男の大五郎が持っているのはヤマカガシ。
日本本土で2種いる毒蛇の1つです(もう1種はご存知のマムシ)。

昨日は、春になったし田舎で遊ぶか?
ということで祖母宅に遊びに行ったのだが、
最初は田畑でカエルを探して遊んでいたら
息子が見つけたのがこのヘビ。

呼ばれてワタクシも見に行く。

いや〜、
幼少期の記憶って曖昧なもので
「おお、こりゃヒバカリじゃろ。怖ないけー捕まえてみんさい
と言うが大五郎は尻込み。

仕方ないのでワタクシがゲット。
一応毒が無くてもヘビは咬まれると痛いので
咬まれないよう靴で頭を押さえてからクビを掴んでゲット。
そしてアゴを上下からつまみ、
正しいヘビの持ち方(?)をレクチャーして大五郎に持たせてみる。

うん、
知らないって怖いことだな

途中、大五郎が
「これ、ヤマカガシじゃないの?」というが
オマエの方が正しかったなwww

しばらく観察した後で、
ややグッタリしたヘビは野に放たれた。

まあ、今度から子供の話はちゃんと聞こう、
いろんな図鑑を読み込んでるからかなり詳しいからね。

もちろんその後はちゃんとカエルもゲット。
無事に家に帰り着きました。

さて、
今回の旅のお供はコイツ。
トヨタ シエンタです。
1500ccなのに7人乗りという優れもの。
内装が究極に安っぽいのと、
センターメーターが見えにくい点を除けば
先日借りたラクティスより視界が良く運転しやすい。
ただし3列目のシートは後席の下から
マイクロバスの補助席みたいなのが出てきて
荷室にシートが増える感じなので、あくまで非常時用だな
乗り心地はこのクラスにしてはまずまずか。
走り出しはトルク感の演出か知らんがスロットル開度に比して
過剰に前に出る感じがあるのがちょっとイヤ。
少し車速が乗ると今度はロックアップとCVTで
1000〜1500rpmをキープして加速しようとするのでかなりカッタルイ。
まあこれは最近のトヨタ車に多いんだけど
燃費を稼ぐためと考えれば仕方ないかも。
それだけに燃費は秀逸。
田舎道ではあったが何と18.7km/Lも走ってしまった。
我が家のワゴンR(MH21S)が約16km/Lなのでかなり感心。

総合評価としては
ちょっと荷物を積んで出かけることの多い、
または我が家みたいにたまに5人で出かけるような
ファミリー向けとしてはなかなかオススメかもしれない。

しかしワタクシは要らんな
全長4m超えのボディなのでフェリーに乗るのが高くなるし
(どっちかと言えばギリギリ4mに納まるラクティスを選ぶ)
ちょっとワタクシが乗るにはカワイイデザインだw


ということで、
大五郎が本日無事に7歳の誕生日を迎えられたことを幸せに思う。

お食い初めと汚染事故

1月に生まれた次男の仗助も無事に生後100日を迎え、

まあ上の子にもしてやったことはしてやるべ

ということで、
このたび家族で揃ってお食い初め写真を撮ってきました。


長男の大五郎はこの春1年生なので、
制服で撮ってもらうことにした。

娘の愛鯉が普段着では少々不憫なので
スタジオで1着レンタルすることに。
好きなのを選んでいいぞと言うと
イッチョマエにあれこれ悩んだあげく
ブリブリのピンクのドレスをチョイスしやがったwww
さすが女の子だ、違うねぇ(^^;)

で、主役の仗助の方は適当に和装で。

最近は購入したカットを1枚サービスで
ネット経由でダウンロードさせてくれる。
なかなか良い表情。役者ですな。

ちなみにコイツ、
先日の娘の保育所の参観日で大事故を起こした危険人物なのでご用心。
妻が抱っこして教室の後ろで参観してた時に炉心が暴走しまして、
大量の放臭性物質が排出されてそれが格納容器から外部に漏れ出し、
本人と妻の衣服ならびに教室の床を汚染する騒ぎに発展したそうだ
周囲のお母さん方の救援活動により事態は治まったらしいが、
二人とも保育所で着替えを借りて帰ってきてた

妻によれば、
「オムツしてれば大丈夫」という安全神話を信じてたわけじゃないが
ただ想定外であったとのことwww

ワタクシの息子であるなら
その調子で伝説を作りながら成長して欲しい

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