twitter

@89089314 をお気軽にフォロー下さい♪過去ログはこちら

最近読んでみた

時々読み返したい

今までに書いた本

通信販売のhidexストア

ブログ内で取り上げる商品はコチラから↓
イマコレバーゲン会場-生活家電・人気雑貨-
ワタクシも私用で使う信頼できる通販です。万一正常に購入したのに商品が届かない際はワタクシから返金します!

子育てに体罰は必要か

「このバカタレがー!」
と、両親に怒鳴られブチ回されて育ってきたワタクシですが
(まあ、そうなっても仕方ないこともしてきましたが
それと平行して犬を飼ってた時に、
やっぱり犬を叱るのに叩いたり噛み付いたり(?)してたせいか

ワタクシは言ってきかぬ者には「実力行使」するもんだと思ってました。

てゆーか、言ってきかせるだけでは甘っちょろいんじゃないかと。

その一方で、
全く親から体罰を受けずに育ってきたというワタクシの妻。

甘ったれた人間どころか全く問題の無いっつーか、
一目置ける、尊敬できる人格でして
(むしろワタクシの方が変な人間だwww)
子供ができて子育てのことを話し合うようになってからは
ホントに「どうなってるの???」と思うようになった。

今回は先日ツイートしたことをまとめて書いてみる。

やはり子育てのためには、
子供のために心を砕くことが最も重要なのではないかと思う。

つまり、
こっちの都合だけで子供を黙らせない、従わせないということ。
「子供だから」と思わないで、1人の人間として真摯に対応する必要があると思う。

そしてこっちの気分や体面によって対応を変えないということが大切だろう。
ブレないこととも言える。

例えばおもちゃ屋の前で子供が大声で駄々をこねる。
何を言っても聞かずますます暴れっぷりがエスカレート。
こういう時にさっさと終わらせるために怒鳴ったり叩いたり、
逆に子供の要求に折れたりしないということ。
どうにもならんと思ったら、
我が家は子供を小脇に抱えて粛々と去るのみ。

子供が怒るのも理由がある。
それをうまく表現できないときに駄々こねたり暴力になったりする。
もっとうまく対応したいものだが、
我が家では子供の声にならない声を言葉にしてあげることしかできない。
時間がある限り、子供に対して真摯に対応する。
それに1時間以上かかったこともある。

決して楽な方法ではない。
妻でさえ、
「ここで引っぱたいて無理矢理言うこときかせられたらどれだけ楽だろう」
と思うらしい。
ワタクシなぞ言うに及ばず。
しかし、そこで今一度考えるようにしているのだ。

「今怒ってるのは子供のためなのか?それとも自分が不愉快なだけなのか?」と。

本当に子供のためを思ってのことなら
おそらく叩こうが何しようがその愛情は子供に伝わると思う。
しかしそこに自分の気晴らしの要素が少しでも入るとしたら
それは無意識に子供にも伝わるのではないだろうか。
鈍感な大人でさえ、
上司の説教が本当に自分のためを思ってのことなのか
多少なりとも上司自身の保身や気晴らしの要素があるのかぐらい
何となく分かるではないか。

そのように自分の心に考えを巡らすと
不思議と自分の心に余裕が生まれるものだ。
余裕ができれば相手の心を洞察できる。
そうするとさほど腹立たしい気分も無くなる。

しかしそうやって一度や二度うまく対応できたからと言って
あまり変わらないのが子供(特に幼児)というもの。
だが、それは逆に考えると
一度や二度の失敗で子供が何かダメージを負うかというと、
そんなことは無いということだ。
つまり子供は良くも悪くも柔軟なのだ。
だから失敗を恐れず試行錯誤で対応していけばよいのだと思った。

こういう考え方も、自分の心に余裕をもたらすだろう。
余裕があれば、腹立たしく思うことも無くなる。
腹立たしくならなければ、
子供を叩こうなんて、この「体罰肯定派」だったワタクシでさえ思わなくなった。

じゃあ、
やっぱり子供を叩こうってのはただの憂さ晴らしだったのか?
と思って自分を情けなくも思った。
と同時に、
かつて親(特に母だったが)に叱られ叩かれた時のあの嫌な気持ちの正体は
それだったのかとも理解できた。

こういう感じでやっていたら、
子供を殴る必要が全く無かったというのが正直なところ。

だから今回の話に結論を述べるとしたら
体罰が良いか悪いかという議論はちょっとズレてるということなのだ。
大事なのはどれだけ親が心を砕いて愛情を伝えられているかであって、
どのような手段を取ろうがそこのこと次第で結果が変わるのではないかと思う。
だから本当に親の愛情が乗っているなら体罰を行っても子供に愛は伝わるし
愛情が伝わってなければ何をしようが何をすまいがダメなのだということ。

そしてこういうことを考えてたら
別に子供がどんな悪いことをしようが
体罰を加えなくても何らかの方法があるよね。と思った。

ということで、
体罰が良いことか悪いことかという議論はナンセンスだと思うが、
体罰が必要であるか不要であるかという議論なら、
ワタクシは不要だと思う。

そしてワタクシが少年時代に無意識に感じ取った
「言ってきかないヤツは実力行使もやむなし」というロジックは
よく考えたら「認知症になった親を殴ってもいい」ということにもなり、
やがては自分に返ってくるかもしれない危険なロジックだったのだ。
(老いた親に対する虐待ってそれが原因じゃないのか?とか思う)

いずれにしても、
人間は言葉で考えてコミュニケーションで問題を解決できる生き物だ。
子供を育ててみれば分かるが、
まだロクにしゃべれぬ1歳児でも親の言葉はだいぶ理解してる。
体罰だとかってのは実力行使ってのはただの思考停止、
理解を求める努力を怠った、タダのサボりだったのだよ。

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック