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今までに書いた本

タバコを吸うことやめること(その2)

今朝は

#立てよ薬剤師
#世界禁煙デー
#WorldNoTobaccoDay 
#禁煙週間

というタグで書いた記事をアップしてみたわけですが、

時間の都合で書ききれなかったことについて補足して述べておこうと思います。

ある意味、こっちが本題なのかもしれませんが、

まあ、賛否両論ある話なので、そっとアップしておきます。

最近カリカリしたコメントいただくのも

嬉しい半面めんどくさいのでw

 

さて、前回では

禁煙して得られる健康とは言うけれど、

それは人によってニュアンスが変わってくる、

なので薬剤師としては禁煙を進めるにしても

その人の文脈を大事にしましょう、

ということを簡単に話したんですが、

もう一歩踏み込んで考えるとしたら、

禁煙できない人の心理や行動様式は

薬物依存症の心理や行動様式そのままだ、

ということを考えてみたいと思います。

 

今喫煙している人、「それは違う」と思いましたか?

そのように否認することがまず依存症の病理の1つです。

「他人に迷惑をかけているつもりはない」と思いましたか?

結果的には色々あれ、薬物依存の人だって基本的にはそう思ってます。

 

これは別に禁煙できない人を「タバコ依存症」だとして

精神科医療で治療すべき!と言っているわけではないんです。

各種薬物依存の人だって、「依存症」と病名が付けば医療の対象にはなりますが、

治療を受けなくても何とか社会生活に適応している人だっているわけです。

そりゃまあ違法薬物はもちろんダメですけど、

薬物依存の問題は違法か合法かが問題ではないのです。

 

そもそも、なんで薬物依存の人は薬物に手を出したんでしょうね?

これは男性なら友人や先輩から誘われて、

女性なら交際相手から、というのが多いという報告があります。

その薬物をやりたくてやりたくて売人を探してまで買ったという人は実は少数派で、

その場の空気に抗いきれずに手を出した人が多いということです。

タバコを吸い始めたのも、そういう人が多いんじゃないですか?

(ワタクシも初めて吸ったのは友人とでした)

そしてちょっとした背徳感に浸るというのがありませんでしたか?

これは別におかしいことなのではなく、

人間は日常に疲れると非日常を求める生き物なのですから、

そういうところに非日常を求めるというのはアリだと思います。

そして誰でも自分の価値には大なり小なり不安を抱えているもので、

ダメな自分を嫌悪するという作業も心を守るのに必要なことがあります。

なぜなら、自己嫌悪しているということは、自分を嫌悪する自分がいるわけで、

その自分こそ理想の自分であって、自己嫌悪によって理想の自分が成り立つからです。

(まあ幻想の自分でしかないんですけどそれを認めるのは心が痛すぎる)

 

ということは、

タバコの害を強調して、喫煙することを倫理の問題のようにしてしまうと

タバコをやめられない人たちはどう思うでしょうか?

 

「どうせ自分は……」

 

こう思いはしないでしょうか。

これもまた依存症と同じ構造であります。

薬物依存の人は、実は薬物を乱用しながら罪悪感や無価値感を感じています。

決して快楽に溺れているばかりではありません。

むしろ、快楽というのは短期間に繰り返せば減弱していくものです。

それでも薬物の乱用を止められないというのは、

快楽を求めてやっているわけではなくて、

不安や葛藤から一時的に逃れるためにやっているほうが多いです。

もっと軽く言うなら、気分転換のためです。

タバコは、どうですか?

タバコ吸って気分が良くなってラリってる人はいないと思います。

それでもやめられないのは、

禁断症状が云々というより、

タバコを介して気持ちのスイッチをオン・オフしているからではないですか?

 

ワタクシは喫煙者ではありませんが、経験はあるので、

起床時や、飯食った後、クソした後、賢者タイムでのタバコは美味いのは知ってます。

でも、それって「美味い」「気持ちいい」「心地よい」というより

心の何かのスイッチになっているという感じではないでしょうか。

 

先程、人間は日常に疲れると非日常を求めると書きました。

それは人間のマクロな見方として、ミクロで見ると、

人間は日々心のスイッチの切替を何度も必要としているということです。

 

そういったことに思いを馳せた時、

薬物依存の人と、喫煙者のあいだには、

使っているものが薬物かタバコかの違いぐらいしかなくて、

その心理や行動様式は同じものだというのが分かるのではないでしょうか?

 

改めて言います。

決して禁煙できない人が皆病気だというわけではありません。

一方で薬物依存の人が皆だらしない甘ったれのクズというわけではありません。

案外、みんな普通なのです。

だから、タバコを止めたくても止められない人こそ

薬物依存の人の最大の理解者になりえる可能性があります。

そういえば薬物依存治療の第一人者の松本俊彦先生もかなりのヘビースモーカーなんですよね。

そういうポジションでいるから、助けを求める患者さんに寄り添えるのかもしれません。

 

今日は世界禁煙デーだそうです。

 

タバコを止められる人は当然止めたほうがいいと思います。

でも、止められない人は、なぜ止められないのかに思いを馳せ、

薬物依存(アルコール依存も含みますが)の人の気持ちも想像してみてください。

そして依存症の方の良き理解者になってあげてください。

そして、禁煙を推進しようとする人は、

タバコを咥えることによる効用というものにもっと寄り添ってみてください。

どんな理想を掲げても、やめられない人がいるという現実を直視してください。

やめられない人への対応として好ましいのは分断ではなく包摂のはずです。

 

ワタクシは普段、依存症の方々と関わる仕事をしていますので

ちょっとバイアスかかった意見かもしれませんが、

そもそも人間は何かに依存しなければ生きていけない生き物です。

依存先が社会的に好ましいものになるよう

変えていける方法論を学び合いたいと思っています。

それが「禁煙」をテーマに改めてワタクシが考えたことであります。

 

 

JUGEMテーマ:身近な医療と健康


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